動物園(2)
Lucy

   象

ふるさとの草原も夕日も君は知らない。君の母親も父親もふるさとを見たことが無いからその広大さも見事さも話に聞いたことすらない。そこに憧れることもなく、ただ与えられたスペースを歩き与えられた餌を食べ、決められた風景を夢に見る。時折眼も眩むばかりの恐怖に襲われ、飼育係を鼻に巻きつけ振り回してしまったこともある。君のあしたは区切られていて、運命は他者に委ねられている。それでも不満は膨らんでいく。何を望んでいるのかも自分ではわからない。アフリカのサバンナに放されたとしても決して生きては行けないけれど。
 横断歩道を渡るとき、たくさんの象のこどもと眼があった。



   豹

縦も横も奥行きも高さもほぼ等身大と言っていい
その鋼鉄の檻のなかでは
曝し物の自身の姿にいら立っていた
というよりは
朝も昼も真夜中も一瞬たりとも休むことなく
出口を探し続けることであり問い続ける事であり拒み続けることであった
というよりはむしろ単なる不適応であり錯乱であった
外界のいっさいから拒否され黙殺されていた
しかし同時にその時こそ
あらん限りわたしは希求していたそれを
生きるということを



   ワラビー

私はこの極めて低い木の柵を飛び越える跳躍の技能持ちながら、あえてそれを行使しない。飛び越えてみたところで、そこに何ひとつ新しい世界の開けない事を知っているから。それならば身の丈にあう現状肯定の幸せつかもう。どうせ濁り切った空気と騒音にさらされ、ささやかな生を蝕まれていくなら、せめて子どもらに平穏な日常の営みを。せめてここには木陰があり、いくらかの草もある。自然によく似たとは言えないまでも、食うに困らず、いくらかの活動にも適した最小限に生き得る環境というものがあるなら、そのことに感謝すべきではないのか。我らは守られてあるのであり、この衰弱しきった世界を脱出することも、改変する力ももたない生き物である限り、このささやかな日常をせめて精一杯豊かにと、地味な努力を重ねる以外にわたしを生かし得るやり方は他にないのではないか。どれほどの不幸が世界を覆っていようと、ほうらひたすら眼を閉じていればかすかに、風の匂いは初夏なのだ・・。


自由詩 動物園(2) Copyright Lucy 2013-07-17 21:59:41
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