死刑執行人
HAL

ぼくはいまでもあの質問を忘れられない
妻が妊娠して臨月になった時に
彼女は重い妊娠中毒症に罹り入院していた

こどもが生まれそうな日にね
ぼくは病院に見舞いに行かずゴルフ場にいた
医師の暫くは大丈夫だからとの言葉を信じてね

そのゴルフ場に妻の姉から電話が掛かってきた
13番ホールでキャディさんから伝言を聞いた
妻の病状が急変して危篤状態になっているとね

僕は道具もロッカーの服もラウンドフィーも
同じパーティの友人に頼んで車に乗り込み
高速道路を180kmで飛ばしたよ
別にメルセデスやBMWに乗っていた訣じゃない
小さな日本製の普通車だよ

でもそのスピードは狂気に近かったんだろうね
どの車も追越し車線から走行車線に移って道を譲ってくれた
万が一 急ブレーキを踏む必要があったとしても
ぼくの車は停まるのに10kmは掛かるのは解っていた

急いでいたのはもちろんだけど
ぼくは覆面パトカーか白バイに見つかるのも期待していた
そうしたら先導を頼めるからね
でもそういう時に限って警察はいない

そしてぼくは妻の入院する病院に着いた
もちろん信号無視はしなかった
速度は一般道を走る速度じゃなかったけどね
でも一般道でもそんな無茶な運転をしてる車を
誰も通報もしなかった様だし高速道路と同じく
パトカーにも白バイにも予想は裏切られ出くあわさなかった

そしてぼくは妻の入院している部屋に着いた
妻の家族からは白い眼で見られているのはすぐに解ったよ
そのぼくを医師は部屋から連れ出し僕に質問をした
『お母さんとお子さんとどちらを選ばれますか』とね
ぼくは一瞬絶句して医師の質問を聴いていた
どういう意味かが分からなかった

医師は呆然と沈黙するぼくにもう一度 訊ねた
万が一ですがお一人しか助けられないことを
想定しての質問です

ぼくはやっと意味が飲み込めたけど
どう答えていいか分からなかった
『時間がないんです』と医師は急かした

やっとの想いでぼくは答えた
声を振り絞ってぼくは答えた
『どちらも助けてください』とね

医師はその答えにこう答えた
『もちろんご主人の望みは私達も一緒です。
 ただ万が一の時のお答えを聞かせておいて欲しいんです』とね

ぼくには経験したことのない長い時間だったけど
ぼくの見た時計針は5分という短い時間だった
そしてぼくは『母体を』と残酷な質問にそう答えた

結局は妻も胎児も無事に出産は終わった
でもぼくはその時生まれた息子が
少しずつ成長していくのを見ながら
あの残酷な質問の答えを間違えたと云う想いに呵まされる

僕が答えるべき答えは『ふたりとも』だと言い張り続けること
医師が何度問おうと『ふたりとも』が正解だったと想う

ぼくは息子が大きくなっていくのを見ながら
ぼくはきみに死刑執行を命じた人間であることを想い出す

そうぼくはきみを殺していいと答えた人間なんだよ

心から愛する息子よ

ぼくはかつてきみを殺していいと答えた人間なんだよ


自由詩 死刑執行人 Copyright HAL 2013-07-04 20:05:00
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