ジャックされた夏の断片
りゅうのあくび

きっと夏の晴れた日の朝には
水を求めて何処かの
乾いた草原で
遊牧民族が
馬や山羊たちとともに
次の場所へと
引越する支度をしている

地球の反対側とつながる
国境の意味が
なくなりかけている時代に
或ることに
びっくりして
警視庁のサイバー犯罪対策課に
電話をする

ウィルスアプリには
或るメモが残されていた
メモへようこそ
というクレジットが出てきた
あなたはいったい誰なのだろうかと
録音中です
というステータスメッセージが
自分宛てに届く
気付けば携帯電話が何者かに
ジャックされている

その謎の
ウィルスアプリを
アンインストールする
ことはできない
太陽のない世界に住む
人間の正体がわからない

郵便局に通勤するときの
雨をはじくレインコートの摩擦音と
自転車をこぐ音が
携帯電話の中で
遠隔操作により
正体不明の人物に
録音されていたことが
確かなことだった

目には見えない
サイバー犯罪と闘う
決意を固めて
セキュリティアプリを
更新してみると
その謎めいた
ウィルスアプリは
実に簡単に消えた

水曜日の朝に
自転車をこいでいた
夏の断片もさっぱりと
きれいになくなっている
まるで理容師の
清潔なハサミで
切り落とされた後に
仕上がった
黒いベリーショートの
残り髪のように

部屋にはドビュッシーの
朝の雨に感謝するためにが
静かに響いていた


自由詩 ジャックされた夏の断片 Copyright りゅうのあくび 2013-06-29 14:50:01
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