鎌倉 縁切り寺
和田カマリ

紫陽花が長い雨を腐敗させる
6月の暗い休日
僕は母と二人で鎌倉を歩いていた
有名な縁切り寺を目指して

放蕩を重ねた父のせいで
僕たち家族は離散していたのだが
未だに借金だけでは繋がっていた
そんなねじれた腐れ縁を切るために
そぼ降る雨の中をうつむいて
ざくざくと歩いていた

老境ながら住み込み家政婦をして
つらい生計を立てている母
そんな彼女に楽をしてもらう訳でなく
僕はひとり会社の独身寮に入り
毎日工場で無為に過ごしていた

僕は人生を頑張らなくても良かった
だって父の借金を返していたのだから
体たらくであっても良い理由
自分の将来と向き合わない理由
あの部屋は格好の隠れ蓑だった

母と違い保証人になっていない僕は
法律的に何の義務もなかったけど
他に建設的な何かを行なう元気もなく
借金を毎月返済する事だけが
生きている証しみたいな気もしていた

母はそんな僕の態度に
なんとなく気付いたのか
「縁切り寺に行こう。」
出し抜けに電話してきて
「あの幸福破壊魔との悪縁を切ってしまおう。」
かなり息巻いていた

そんな経緯から無様な二人は
本当に久しぶりに会って
雨の中を黙ってその寺を目指していた

ようやく目的地に到達した僕達
線香の煙が雨の粒子に当たり
変な形で薄っすらと空気に溶けていた
そこはどこの観光地にもあるような
代わり映えのしない普通の寺だった

迷うことなく賽銭を掴み
箱に投げ入れようとした僕に
母は「待って。」
ものすごい顔でこちらを見た
母はそれきり何も言わなかったが
ずっと幼子のように唇を突き出していた

そんな事はなんでもない僕は
ワンコインを惜しみなく投げ
縄を揺らし鈴を鳴らした
そしておざなりに
「縁を切ってください。」
心を込めずにお祈りした

その後の流れでホイと
母にも賽銭を渡してやったが
彼女はもじもじしていて
なかなか投げようとしなかった
何を躊躇しているんだろう
自分で言い出したことなのに

まあ今に始まった事ではない
母はいつもこんな感じだ
肝心な局面ではドMになる
赤鬼みたいな父とは
食う者と食われる者の関係
ホント良いコンビだったね
どうでもいいのだけど
父に恫喝されていた
母はとても醜かった

そしてそんな時はいつも
傍らで泣いていた僕も
他人から見ればやはり
さぞ醜かったのだろうけど

目的を果たした僕は寺を背にすると
紫陽花の小道を駅へと向かった
後ろに母もいたようだが
もはや空気だった

その後横浜で中華を食べたのだが
丸テーブルに母がいたのかどうか
良く思い出せない

最近ふと考えたりする
あの時僕が縁を切りたかったのは
そう
父ではなかったのではないかと






自由詩 鎌倉 縁切り寺 Copyright 和田カマリ 2013-06-28 18:20:49
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