バンジージャンプを1階から
木屋 亞万

まだ天国にはいきたくない
油断が私を空へと打ち上げる
真っ直ぐ飛んで行く体
その姿から私は花火と名付けられた
とはいえ致命的な飛翔は数えるほどしかない


一度目
生まれ落ちた瞬間
私は天井を突き破り
天を目指した
へその緒で母親とつながったまま
もしも母親の手を父親が握っていなければ
父親が手すりに捕まっていなければ
私は大気圏を離れ宇宙を漂っていたかもしれない

天性の浮ついた心が
私を天へと昇らせる
木のように根を張る術を身に着けて
水になり漂う技を覚えるまでは
足枷をつけてベッドに縛られていた

森で木に紛れて眠り
川で魚と戯れて漂った
だが歩くことは苦手だ
目的地が遠い
足が重い
つい飛びたくなるがまだ真上にしか飛べない
一度飛んだら自力ではなかなか降りてはこれない
木に登りすぎた子猫のようだ


二度目
始めてふわふわのケーキを口に入れたとき
「ふぁっ」という言葉を残して私は空を漂っていた
いくつかの赤い風船を追い抜かし
飛行船に頭突きして
雲に髪を濡らしながら大気圏まで浮上して
ハレーションを目の隅で見たあとで気を失った
目覚めたときには大西洋上の船に救出され
フランスの病院へ搬送されるところだった
すんでのところで水になり人の手から逃れて
セーヌ左岸へ行きついた

蒸発しながら見つめた街は
白黒のまま記憶へと立体的に焼き付いている
離散した体の一粒ひと粒を集めて再構成するまでに
だいたい五年くらいかかった
どれだけ頑張って探しても指が三本見つからず
どうしてか目玉は一つ増えていた


三度目
とある日曜日
連れてこられたショッピングモールの一階で
一人の人間に見惚れてしまって真っ逆さまに空へとバンジー

月の手前に来たころに
今までにない虚しさが心にどんより立ち込めて
体中の毛穴に小さな針を刺される心地がした
体が重く沈み込んで
視界全体が闇の波にゆらゆら揺れた
とたんに今度は重力で体が引き裂かれそうになり
地面へ叩き付けられた

地球の重力には引きつけられないとしても
この人のところへ帰ってくればいいのだと思った
魅了されるたびに私はあの人に吸い寄せられ
何度もなんども惹きつけられた
笑っても泣いても走っても歌っても食べても眠っても
抱き合うたびに飛翔しそのまま夜空で一晩過ごした

たった一つの愛が
私に大地を歩かせた
水になることも宇宙へいくこともやめて
ただの地を這う生き物となった
硬い石の靴を履き
重みのあるものを食べた


四度目
あの人が死んだとき
私は果てしなく飛んだ
体をなくしたあの人と
深く強く結ばれたまま
宇宙をひたすらまっすぐに
打ち抜いていく彗星になって

私はまだ死なない
あの人は死んだ
まだ天国には行きたくない
行かせたくない
光より早く宙を駆け抜けて
戻れないだろうか
何かの間違いでもう一度
私に引力が与えられないだろうか
氷になって泣きながら
私は何度もジャンプする


自由詩 バンジージャンプを1階から Copyright 木屋 亞万 2013-06-08 14:24:21
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