ハツカネズミ
イナエ

かつて 人は 
真夜中に天井裏をばたばた走る音に目覚めても
ネズミだと知れば安心して眠った

 家で餅をついていたころ
 鏡餅を刻んで 部屋に広げた
 子どものおやつを作るために…
 だが
 生乾きのあられを見つけたネズミは
 肉色の尖った鼻をひくひく動かし
 丸い目であたりを警戒し
 一粒くわえて すばやく去る

人は福をもたらし 火事を予知する神(マウス)の
この仕業を 許しはしない
金網の罠を仕掛け 
捕らえた神を ブリキバケツで水攻めする

 閉じ込められたわずかなスペース
 脱出を試みて 手足を動かし
 網にぶつかり 金網をかじり
 空気を求めて 鼻を突き出し‥‥

 だが
 破れないバリア 
 届かない水面
  
 やがて 諦観
 静かに ゆっくりと沈む

 それを眺める人の子どもよ  
 君は 死を前にして 生への執念を
 見つめさせる神の姿に気付いたか

人が
コンクリートボックスに棲むようになって
台所の通路は閉じ 天井裏は狭くなった
神は 
罠の網から逃げ出せる小柄なけものに進化したが
鳥もちに捕まるほど 非力になってしまった
そして‥‥

陶器やプラスチック 
あるいは 紙にプリントされた神が
十二年に一度だけ人の前に引き出され
飾られ 敬愛された ある日
押入の隅にしまい込んだまま
使うことなど忘れてしまったガラス花ビンの底に
干からびて バラのつぼみになった神がいた
 
   
 晴れやかに微笑み 人と抱き合う巨大マウスよ*
 人が眠り 静まったキッチンの
 ひかりの届かぬ隅で ぼそぼそと
 ポテトの切れ端をかじる同胞を 
 見かけたことはあるか

  *ミッキーマウス=デイズニーランドのキャラクター


自由詩 ハツカネズミ Copyright イナエ 2013-05-25 22:22:09
notebook Home 戻る