世界からわたしが消えたら
伊織

世界からわたしが消えたら
悲しむひとはいないだろう
そう口にすると
「親御さんが悲しむよ。」
必ず誰かが
醜い笑顔で鬼の首を取ったように言ってくれる
ナニモシラナイクセニ


母は生まれてこの方わたしをほめたことがなく
 アナタは軽率
 アナタは不細工
 アナタは心まで醜い
 アナタを産んで私は不幸だわ、
 取り返しのつかないことをした
そう言い聞かされて育った
言い聞かされて 
は随分穏やかな表現で
実際のところそれは罵倒であり呪詛であり
泣き喚く母は必ず何もした憶えのないわたしに
 謝れ、この出来損ない!
と迫り
その間父はといえば
多額の借金を母の実家に返済してもらっている関係で何も言わずに別室へ逃げていくのだった

学校に行けば行ったで
担任は自分の娘よりも成績のいい私に嫉妬して
 勉強だけ出来ればいいってもんじゃありません
 アナタは鈍感過ぎる
 人の心を土足で踏みにじる
 何故アナタに友達ができないのか
 せいぜい胸に手を当てて考えなさい
そうクラス全員の前で繰り返し
私は学校公認のイジメの標的となった

担任の言葉を真に受けた母は
娘と呼ばれる存在が出来損ないであることをますます確信した
居場所がなくなってしまったので
海の中へと逃げた
しかし捕まえられてしまった
母は言った
 死ねないくせに!
級友は言った
 死ねないくせに!

そう 私は死ねなかった
ビルに登れば警備員に見つかり
首を吊ろうとすればロープの細さからくる痛みに耐えきれず
富士の樹海に行く金もなく
手首の傷の数だけ増えていった
世間はそれを根性なしと言う
そんなことにはもう気づいていた


義務教育が終わると同時に
全寮制の高校へ特待生で入学した
驚くべきことに
誰もが私を人間扱いした
まだ耐性のない私はまともに挨拶一つ出来なかったが
少なくとも取り急ぎ死ぬ必要はなくなった

それでも教育というのは恐ろしいもので
やはり自分が存在することへの罪悪感は消えることがなかった
「生きてていいに決まってるじゃん!」
その言葉を心から信じるのはとても困難だった
私は手首の傷で友達とやらの忠誠心を試し
そのうち誰もいなくなった


どこに行けばいいのか分からないから大学に行ってみた
誰かと関わる義務のないことの心地よさよ!
授業には出ずに毎日気の向くままに街を歩いていた


ある日 私は拾われた
 君が、必要だ
その人はそう言って私を持ち帰った
それから
鍵をかけて
檻に閉じ込めた

求められてるならそれでもいい
そう思ってた
飽きて棄てられる方がずっと怖かった
そのうち
生きている私と理想の私にずれが出てくると
その人は何度も私を殴った
壊れたテレビを直すときのように


前よりもずっと壊れて
私は白いベッドの上だった
もう
誰も何も言わなかった


世界からわたしが消えたら
悲しむ人はいないだろう
ただ
このベッドが一つ空くだけ


自由詩 世界からわたしが消えたら Copyright 伊織 2013-04-26 00:31:19
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