彼と彼女と綿ぼこり
石田とわ





もう冬休みに入り部活へ行く以外は毎日家にいる。
こうして彼女とふたりで休日を過ごすのは夏休みや冬休みの
彼女が休みの平日しかない。
          
「ねぇ、いい加減起きたら。お昼パスタでいいよね?」
彼女はまだベッドの中で枕を抱きしめている。
どうしたらこんなに眠れるのかと不思議に思う。

「コーヒー飲みたい」
布団の中からくぐもった声がする。
彼女は大のコーヒー好きだ。
ブラックの苦めのコーヒーを飽きることなく飲んでいる。

「はいはい、早く起きてね。すぐできるから」
          
窓から明るい陽が入るのを見て今日はベーコンとアスパラのパスタを
つくってみようとふと思いついた。
彼女は好き嫌いがなく、なんでもおいしいと食べるので初めての
料理は先ず彼女に食べてもらう。
上手くなった頃を見計らって彼にさりげなくだすのだ。
わたしの料理の腕が上がるのを彼はとても喜んでくれるからだ。

「いただきます」
やっと目が覚めたようで、彼女はぼさぼさ頭のままコーヒーを
手に並んだパスタを満足そうに見る。
なかなか彩りもよくできた。
もうすこしアスパラのシャキシャキ感があってもいいかもと
食べながら思った。
彼女は案の定「おいしい」と起きぬけだというのにぺろりと平らげる。

「洗濯しといたからね」
びっくりしたような顔でありがとうと彼女は心底うれしそうにわたしを見る。
あー、いっつもこれにやられるのだ。
わたしと彼の弱点は彼女のこの笑顔だ。
          
それでもわたしは彼ほど甘くはない。
きちんとやるべきことはやってもらわないと。
          
「明日は自分でやってよね」
「はーい」

間のびした彼女の返事に小さなため息をつく。


彼女はなんてしあわせ者なんだろう。

好きな仕事に打ち込み、家の事は彼に任せっきり。
彼はいつでも定時に帰宅し、彼女の帰りを待つ。
わたしは周りからは「しっかりもの」と呼ばれるくらい、しっかり育ち
勉強もまぁまぁ出来るし、友達も多いほうだ。
彼女には「心配」の種になるようなことがない。

わたしだって進学のことや友達のことで悩みはつきないのに。
ソファでごろごろする彼女がだんだん不思議な生き物に見えてきた。

          
何もする様子がない彼女を見かねて言ってみた。
「ねぇ、この前父さんが掃除してたよ」
          
「うそ!?」
彼女は慌てて身を起してあたりを見回す。
午後の日射しがちょうどいいように部屋の綿ぼこりを目立たせてくれている。
          
「母さんがあんまり掃除しないからいけないんだよ。
最近、家の中のことやらなさ過ぎだよ。この前の休みだって
外食だったでしょ。父さんはいつだってつくってくれるのに」
          
のんきな彼女に追い打ちをかけるように言う。

うちでは食事は彼が、掃除や洗濯は彼女がやるようにいつの間にか
役割分担ができている。
彼女は家事全般が苦手だ、というよりめんどくさがってしないのだ。
休みの日は食事も彼女がつくるはずなのだが、なんだかんだといって
いつも外食にしたがる。
      
彼はなにも言わない。
我慢できなくなると黙って自分で掃除する、それだけのことだ。

けれど彼に先に掃除をされることほど彼女にとって嫌なことはなく
だったらいつもきれいにしておけばいいのにぐうたらな彼女は
いつもぎりぎりまでやらないのが常だ。
          
「着替えてくる。掃除するから手伝って」
きりっとした顔でそういい、ばたばたと寝室へ向かう。
          
彼女は面倒くさがりだが何かを始めるととことんまでやらないと
気が済まない凝り性でもある。
きっと今日の掃除も夕方までかかるだろう。

ジーンズとTシャツに着替えた彼女は寒いのも気にせず
部屋中の窓を開け放つ。
棚という棚のほこりを払い、掃除機をかけ、丹念に床を拭く。
だらだらと寝て過ごす彼女とは別人のようだ。
          
そんな彼女を見ながら散らかった本を片づけ、彼女が言うように
ソファの位置を整える。
広くないリビングはあっという間にきれいになる。
          
「ありがとう。あとはやるからいいよ。」
彼女の掃除熱に火がついたようだ。
きっと夕方には家中がぴかぴかになるだろう。
わたしは彼女に任せて部屋で本を読むことにした。


夕方リビングに行くとぴかぴかに磨かれた窓ガラスに夕陽が
きれいに映えている。
彼女の姿がなく、探してみるとモップを傍らに置き寝室で寝ていた。
          

「もうすぐ父さん帰ってくるよ」

彼女は「寝ちゃった」といいながら時計を見ると慌てて洗面所に駆け込む。
ばしゃばしゃと水を使う音が聴こえたと思ったらドライヤーの音がする。
          
          
「おかえりなさい」
          
彼女はとびきりの笑顔で彼を出迎える。
黒のロングスカートにニット。
ふんわりウェーブがかかっている髪が肩先で揺れている。
          

「ただいま」
         
その声に彼女を慈しむ優しい響きがあるように思うのは
わたしの焼きもちだろうか。
彼は彼女がいつもぼさぼさ頭でいるのも知っている。
それに普段家にいるときはずっと寝まきのままなのも。

          
彼を出迎えるために着替える彼女。
いつもはぐうたらな彼女が一番可愛く見えるときかもしれない。
          

「今日は寒いからお鍋にしたの」

ドライヤー片手に、時間がないからお鍋にする材料切っておけばいいよねと
言った夕方の彼女の姿が浮かび吹き出しそうになる。
           

「いいね」と目を細める彼。
ぴかぴかに磨きあげられたリビングは彼をより笑顔にするだろう。

          
彼女はやっぱり世界一のしあわせ者だ。
          
          



                 
         




 


散文(批評随筆小説等) 彼と彼女と綿ぼこり Copyright 石田とわ 2013-04-09 20:14:11
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