彼と彼女の本棚
石田とわ




「ねぇ、この本の表紙知らない?」
           
彼女は読み終えた本をわたしに見せる。
その顔にはどうしてないのかわからない、不思議でならないと
いった表情がありありと浮かんでいる。
不思議でならないのはわたしのほうだ。
どうしてこうだらしがないのだろう。
片づけられない、物をすぐどこかへ失くすのは
彼女の得意とするところだ。

いつも彼女は読みながら本のカバーを外してしまう。
それはリビングだったり、寝室だったり、キッチンだったり。
外されたカバーはそのまま放置され忘れられる。

「知らない。父さんに怒られるからね。」

本当は知ってるけれど、知らないふりをする。
彼は本を大切に扱う。
きちんとブックカバーをつけ、その本に合った気に入りの
しおりを選ぶのだ。
だから彼女がカバーを外して本を読むことを本当は嫌がっている。
一度だけ彼女に「きちんとカバーをつけなさい」と言ったことがあるのだ。
けれど「邪魔なんだもん」その一言で彼女は自分のスタイルを変えず
また彼も強制はしなかった。

そう彼はなんでも一度しか言わない。

わかる人には一度言えばいい。
わからない人には何度言ってもわからない。
それが彼の持論だ。
           
彼は優しく温厚だがちょっと怖い面もある。

たとえ彼女が本のカバーを失くしても何にも言わないだろう。
たかが本のカバーだ。
彼女も彼がどれだけ本を大切に扱っているかわかっている。
だから読み終えるといつも慌ててカバーを探すのだ。
きちんと彼と彼女の本棚に並べるために。
           
何も言われない怖さを彼女とわたしは知っている。

彼女は言う。
カバーを失くしても彼は怒らない。
ただ悲しむだろうと。

カバーのない本を悲しむのか、失くした行為を悲しむのか
わたしにはわからない。
          
彼女はソファの下をのぞき込みカバーを探している。
教えるかわりに明日の休みは彼女の得意な
鶏肉とチンゲン菜煮込みをつくってもらおう。

彼の喜ぶ顔と彼女の得意そうな顔が今から浮かぶ。

「きのうキッチンで見たよ。本読みながらコーヒー淹れたでしょ。」
         
彼の愛する本を彼女は愛し、彼女の愛する本を彼は愛する。
彼女と彼の本は今日もあるべきところにあり、静かに並ぶ。
           
わたしは知っている、たまに彼女が本に焼きもちを焼いているのを。
だから彼女はカバーを外すのかもしれない。

今夜も彼の細い指先がゆっくりと慈しむように頁をめくるだろう。
          

          





散文(批評随筆小説等) 彼と彼女の本棚 Copyright 石田とわ 2013-04-08 02:16:37
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