異邦人日記から
動坂昇

 「喫煙は自由だろ」 彼はそう言った後に皮肉そうに眼を細めて冷笑しながらこう続けた。「ま、自由の概念が日本人に理解できるかどうかはわからないけれども」 ぼくは微笑みつつ答えた。「少なくともぼくはよく知っている。きみは自由だ、他人に迷惑をかけない限りは。そしてまたぼくは知っている。きみが決められた場所ではなく同僚のそばで喫煙したがるときには同僚に嫌悪感を与えている」 彼は悔しそうにぼくにはもう聴き取れない速度で強く反発しはじめた。ぼくはどうでもよくなってただ言った。「そうだな、きみは正しいよ、きみのなかでは。しかし同僚にとってきみは正しくない、問題はこれだろ?」 彼は黙った。潮時だと思ったので「それじゃいい喫煙タイムを」と言い残してぼくは去った。
 あのとき彼に言わなかったことがあった。差別は自由に反する。差別が人の意見を抑圧し、人の活動を制限する限り、差別は決して自由とは相いれない。彼が「自由の概念が日本人に理解できるか」と皮肉を言いながらぼくだけではなく日本人の同僚までをも差別したとき、彼は自由を尊重せよという言葉によって私たちからまさにその自由を奪おうとしていた。その行いは、普遍思想の名を借りた植民地主義から、どれほど隔たっていたのだろう?


散文(批評随筆小説等) 異邦人日記から Copyright 動坂昇 2013-04-06 11:09:48
notebook Home 戻る  過去 未来