出来れば四月一日に死にたいという男の話
……とある蛙

西洋ではエイプリルフールだって言うんだろう
その日は嘘を吐いても良い日だ
だから、私が死んでも誰も本気にしないだろう

きっと、

「いくらエイプリルフールだからって
 そんな嘘はいけないよ」

と 誰かをたしなめる人が必ずでるだろう
だから私が死んだなどと誰も言わないだろう
そのため葬式には誰も来ないだろう

葬式は簡素でよい
誰も来ないからといって
死んだ私は淋しくはない
残された家族も楽でよいだろう

別に葬式で泣くことはない
泣いたからといって
私が生き返るわけではない
とっとと焼いて貰って結構だ

焼き場でも泣くことはない
何せ死んだ私は泣くことが出来ない
一番悲しいのは死んだ本人だ
泣いたからといって死んだ本人には有り難くない

ただ一つだけ願いがある
骨は桜の樹のたくさんある
じいちゃんの買った公園墓地
そうだ今自宅の近くにあるやつだ
そこに埋葬してくれ

別にどうと言うことはないが
命日に桜が咲き乱れるかも知れない
そうしたら、きっと
私の命日に花見のついでに
お墓参りが出来ようってなものだ

きっとだよ 酒を飲んでもいいから
桜の木の下でお墓参りしてくれ
それが最後の望みだ


自由詩 出来れば四月一日に死にたいという男の話 Copyright ……とある蛙 2013-03-29 12:30:40
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