或る会話
HAL

●或る会話(G・F投稿:3/25/F・Y投稿:3/26:22:46)
『きみは銃を撃ったことは?』
『グアムで一回』
『口径は?』
『22口径』
『銃でひとを撃ったことは?』
『もちろん、ありません』
『銃を持っていてベトコンを見つけたらそいつを撃てるか?』
『……』
『訓練を積んできた奴でも初めての実戦では撃てない。撃てたとしても
 標的を撃てずただ滅多矢鱈に撃つだけだ』
『でも3回くらいの実戦になると標的に向かって撃てるようになる』
『……』
『だけど、その後は吐くか、全身の震えが止まらないでいる』
『……』
『だが4回目を過ぎると敵を撃ち殺しても何も感じなくなる』
『……』
『慣れるんだよ。ひとを撃ち殺すことに慣れるんだ』
『……』
『そして、それからは動物が餌を捜すように敵を捜すようになる』
『……』
『敵を、否、ひとを撃ち殺すことが快楽になる人間になるんだ』
『……』
『それは気違いになるということだ』
『……』
『キミは訓練された兵士でもない。間違いなく銃も撃てない。敵も殺せない』
『……』
『プレス・カードも勲章も命を護る防弾チョッキにもならないし、気が狂うこと
 も防げない』
『……』
『もし、敵が襲ってきたらキミは気違いになる前に確実に殺される』
『……』
『またキミはプレス・カードを持っているがジャーナリストではないようだ。気を 
 悪くしないで欲しいが、キミは野次馬となんら代わりはない』
『……』
『多くのジャーナリストが戦争取材で命を落とした。きみももちろん知っていると
 想うが、キャパもキョウイチもタイゾウもベッドの上では死ねなかった。しかし 
 それは彼等が命を賭けたことではない。彼等は臆病だった。彼等だって自分の命 
 が惜しかった。そういう意味で実に臆病だった。彼等が戦場で死んだのは、それ
 ほどに臆病であっても死ぬという現実だ。命を賭けることを暫々、美談として
 語るひとが多くいる。しかし、私はそんなひとびとを偽善者だと断定する。キミ   
 の前線取材を許可できないのは以上の理由だ。これで失礼する』
『……』
最後にその将校はドアのノブを握ってこう言った
『なにもわざわざ殺されにいくことはないだろう。サイゴンもいつ死ぬかも分から 
 ない街だ。若い命を粗末にするな。速く日本に帰ることだ』 

会話内容:前線取材許可依頼
会話場所:サイゴン・アメリカ駐屯基地
会話時間:20分余り


自由詩 或る会話 Copyright HAL 2013-03-25 21:52:12
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