生まれを鎮めるためのなにか (The Collection)
ホロウ・シカエルボク

鼓膜が歪むくらい丸められ詰め込まれた愚劣な落書きにも似た囁きのあれこれは限られた空間で腐敗し膨張し支配し圧迫し痛烈な痛みを脳にまで届かせる、暴力的な静寂の中で網膜に虚ろを記録し続けている霧雨の午後、混濁した音楽が現実とは別のどこかで鳴り続ける、不法投棄された鉄の錆びの集合で流れが澱む河のような感覚だ、いつのまにか過ぎているのに決してすんなりとではなく、例えば内耳などに、陰鬱な軌跡を残して行く、日常というドラッグが移動して行く、すでに死んだ誰かの内臓を擦りつけるみたいな感触を残しながら、バッドの方角へ侵食して行くアドレナリン、廊下の暗がりにこの後向かうべき方角が掲示されている、しなだれ落ちた植物が重なり合って自らの墓場を彩る、目を離している隙にだけやつらの色は失われて行く、僅かな距離でも望遠が必要な瞬間がある、例えばそれは今だ、なにを見たい、どんなものを見たい、あるいはそう思っていた?問いは発せられる、無差別な銃の乱射のように、誰にもヒットしない弾丸、誰の血も流れない死、放たれた願いはどんな死を望んでいたんだろう、火薬の匂いに塗れながらどんな血を飲み干したかったんだろうか?湯葉のような釈然としない抵抗、そんなものがすべてを阻んでいるこんな時間には?血を欲しがるのは当然だ、なあ、血を欲しがるのは当然だよ、俺は満足しないいきものだ、なにか激烈なものが欲しくていつでも呻いているのさ、ディスプレイに向かって、キーボードを叩いて、欲しいものはいつでも同じものさ、それはいつだって決まってるんだ、生まれを鎮めるためのなにか、生まれをとろけさせる絶対的な何か、餌に群がる家畜のように俺はそいつを欲しがってるんだ、だけどそいつには家畜の餌とは決定的に違うところがあり、尚且つまるで同じところもある、つまりそれは餌には違いないんだ、食事とは違う、もっと根源的に魂を潤わせるなにか、だけどそれは誰かが目の前に投げ込んでくれるようなものでは決してなく、必ず自分がどこかから掘り出してこなければならないものだ、それが家畜の餌とは決定的に違うところさ、俺はそれを掘り出して屠らなければならないのだ、こんな時間に身を任せているのはそんな理由からなのさ、気に病むような蓄積を眺めろ、気に病むような蓄積の示唆するものを読みとれよ、ボーイ、そいつを見つめることが何よりも大切なことだ、そいつをどうにかしようとして躍起になった俺以前の誰か、そいつらがここにそれを置いて行った、俺にではない、そいつに気付ける誰かに託すために、そして俺は気付いた、そして手に取ったんだ、そして俺はそいつを眺め続けている、それは死に絶えない、それは腐敗しない、それは炭化しない、それは化石にならない、いつでもどくどくとひどいバリトンの脈動を鈍く響かせている、そんなものを見つめていると俺は時々、自分の肉体が既に腐敗しているのではないかという幻想に捕われることがある、ほら、指先から垂れ落ちてゆく俺の身体、それは俺の骨盤まわりに嫌な臭いの溜まりを作る、そこにはジャジューカのような湿気がある、俺はウェザリングを施された骨格になり、キーボードを叩く、ディスプレイには訳の判らない文字列が表示されている、ほら、俺の言葉は俺だけのものになった、そいつはきっと、俺と同じような誰かをここに導くだろう、そいつはきっと、俺と同じような肉塊をもうひとつ作るだろう、それは連鎖というよりも感染と呼んだ方がきっと収まりがいいはずさ、判るだろう、それは根源的な魂に巣食う異質な細胞さ、だけどそれは蝕むものじゃなくて貪るものなんだ、ほら、判るだろう、俺の口元を見てみなよ、俺から滴り落ちた肉体が付着しているだろう、俺はそれをもう一度吸収して、生成していくのさ、ループするんだ、もう一度、もう一度、何回でもやり直すのさ、俺は純正ではないから、再構築の際に必ず違うものが混じり込む、それを排除するか取り込むかはそのあとの俺次第さ、生まれるとはもがきのたうち回る行為だ、連続するそんな瞬間瞬間からこぼれてくるものたちのことが、俺は愛おしくて愛おしくて仕方がないんだ。


自由詩 生まれを鎮めるためのなにか (The Collection) Copyright ホロウ・シカエルボク 2013-03-24 16:50:07
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