告白貞淑妻昼下がりのわななき
平瀬たかのり

 「お出かけですか?」

 なぜわたしは
 立ち止まってしまったのでしょう
 ご自宅前を掃除しながら
 道行く人だれもへの
 いつもと同じ問いかけに

 下の坊やを実家にあずけていたあの日
 
 とてもよく晴れた日でした
 わたしはただ当所なく歩きたかっただけなのに
 でも、でもでも
 そうよわたし
 どこへ行こうとしているの、って
 立ちつくしてしまったのです
 目の前にあの人の笑顔がありました
 
 そのときふっと吹いた風が思い出させた
 夫の鼻毛
 こんなそよ風にひよひよ揺れる
 あの鼻毛
 本人は髭だと言い張っている
 嘘をつくな
 たいてい鼻クソこびりついているじゃないかっ!

 比べてあの人の瞳の澄んでいたことってば
 掌にそっと掬い取って
 ピチピチ跳ねる感触を
 楽しんでみたくなるような
 まるでまるで
 小さな金魚のようなかわいい瞳!

 わたしから抱きついていました
 わたしから唇を寄せました
 びっくりしている彼の
 罪つくりな金魚の瞳じっと見つめて
 「今日わたし、あなたのところへお出かけにきたのよ」って
 彼の箒がパタン、って
 いまいましいくらいの青空の下に
 わたしとあの人はふたりきりでした

 わたしあの人の耳を掴んで
 だってとっても持ちやすかったから
 そうそう、あの人ったら
 箒で道を掃くのと同じリズムで、ね
 でもおかしいんですよ
 その間ずっとうわごとのように
 「麗、麗、麗、の 麗」って
 うわごとのように
 初恋のひと? それとも別れた奥様?
 いいえ悪い気はしなかったわ
 一途ですね男の人って
 でも の ってなんだったのかしらん

 ああ、もうそろそろ下の坊やが目を覚まします
 とても賢い子なんですよ
 お兄ちゃんはね、少し足りないところもあるけれど
 こころの優しいいい子なんです
 ごめんなさいね、こんな話
 悪い女ねわたしって
 でもあんなことは一度きり
 あれはきっとそよ風のせい
 これからもいいお母さんでいなくちゃいけないもの
 だから夫のあの鼻毛
 寝ている間にバッサリ切ってやろうと思うのだけど
 どうしてもできないの
 弱い女ねわたしって

 うふふ
 あなたこれから
 どちらへお出かけ?


自由詩 告白貞淑妻昼下がりのわななき Copyright 平瀬たかのり 2013-03-20 10:43:52
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