カタツムリの抜け殻
るるりら


【カタツムリの抜け殻】


実家には もう人の気配は無い
生気のない 家に行くには 迂回路しかなく
すぐそこに家はあるのに ふるい路は
家を まの当たりにしていながら ゆるやかに曲がり
なかなか到達しない

一枚の絵に無性に会いたくなったのだ
祖父は日本画をこよなく愛する人だった
日本画の胡粉を使った絵の行程は
貝の死んだ匂いがする

透明な胡粉を重ね すべての色は
ほのかに虹を宿す 透き通った時間が
生気のない家には 閉じ込められている

とうとう家につく
おとうとを 見つけた
遠い昔に死んだ 祖父が描いた 紫陽花の絵の中だ
お爺ちゃんが紡ぐように描いた青い色
遠い昔に死んだお爺ちゃんの紫陽花の絵の中に
おとうとは居た
はがれおちそうな葉の影に
とうとう
おとうとを みつけた
おとうとは お爺ちゃんが生きていたころの姿だった


仏舎利塔の中には お釈迦さまの骸骨があると聞かされて
おとうとは 泣いていた
空の青さや雲の高さなんて お釈迦さまのことなんて なおさら わからず
泣いてた あのときのままの
おとうとを 見つけた

     人が死ぬなんて
     知らなかったんだ
     お釈迦さまがだれだかしらないけれど
     知らなかったんだ
     人が死ぬなんて




おとうとは泣く

なにもかも すべてはいつかは うしなわれてゆく
涙の雨が
ずっと つづいて
おとうとは泣いていたのだ
    だれもかれもが死ぬなんてしらなかったんだ

きえないはずのあつい友情のあかしも
手触りのあるものも ないものも
なにもかも すべて流れていったと
一枚の絵の中で おとうとは泣いていた




鎧戸を開け ガタピシと音をたてる曇りガラスも
すっかり開けきると その窓からは
山からの小川がみえ
空気は 小雨で湿り
桜が 光の高度を上げていた

紫陽花の絵を明るい場所に 置きなおすと
光が いちはやく 絵の中の おとうとを照らした


山からの小川は
かたつむりの路のようだ
輝いている
おとうとは
すべるように 桜の光さすほうへ
ゆっくりと 往った


◇◆

メビウスリングというサイトの、プロ詩アンソロジー参加作品
http://mb2.jp/_aria/828.html


自由詩 カタツムリの抜け殻 Copyright るるりら 2013-03-19 08:39:57縦
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