パンクラチオン
平瀬たかのり

 朝まだきのコロッセオ
 だれもいない

 
 女どもの嬌声
 男どもがいさかう声
 埋まっていく
 目の群れ、口の群れ、鼻の群れ、耳の群れ
 埋めつくされていく
 手の群れ、脚の群れ、胴体の群れ、性器の群れ
 やがて人いきれコロッセオ

 闘士は丸裸
 赤銅の胸板
 の上の貧弱な乳首
 禍々しく割れた腹筋
 しなやかな太もも
 そこまでは同じ体
 ひとりは包茎
 ひとりは無毛

 王族どもが席に着き
 パンクラチオン

 手四つ
 それから絡まる
 絡めていく
 絡まっていく
 極める、悲鳴
 裏返る
 極め返す、悲鳴
 裏返って逃れる
 立ち上がる
 間合い

 荒い呼吸
 喚声

 跳ね飛ぶ
 組みあう
 睨みあう
 咆哮
 均衡する
 拮抗している
 動けない
 離れる
 間合い

 静かな呼吸
 見合う
 静寂
 
 羽音、鳥が飛ぶ

 一瞬早く拳
 拳、拳、拳
 鼻を砕く
 よろめく
 首を取る
 膝、膝、膝、膝が胃袋を突き上げる
 また膝
 吐瀉、崩折れる
 下から拳
 拳、拳、拳、顎を突き上げる拳
 薙ぐように肘
 肘、膝、拳、肘
 強く膝、顔面に
 ぐらり、立っていられない
 後ろから抱きつく
 腕を首に巻きつける
 足を胴体に絡めつかせる
 そのまま横倒し
 締める、首を締める、胴を締める
 締められる、首を締められる、胴を締められる
 強く締め上げる
 飛び出てくる眼球
 血のあぶく
 ごぶごぶごぶ

 王は息遣い荒く
 妃は開いた指の間から
 すべてを見届けようとする
 つまらなそうな顔の姫が
 そっと手を
 許婚の股間へ伸ばす
 すり上げる大きくなり始める
 こすり上げる大きくなっていく
 見つめあい微笑みあう
 貴公子ののどぼとけ
 反り返った美姫の睫毛
 うふふふ あははは
 ごきん
 骨の砕ける音
 歓声
 次の闘士がゆっくりと目を開ける

 血の痕を洗い流す奴卑たち
 太陽が沈んでいく


 夕闇のコロッセオ
 だれもいない


自由詩 パンクラチオン Copyright 平瀬たかのり 2013-03-17 22:29:12
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