サマーホリデー1994
平瀬たかのり

 休みの日には
 行く場所がない
 
 独身者寮二階洗面室
 の窓から
 女はサンダル履き
 ひとりこっちに
 来るのが見えて
 
 おばさんと呼ぶに若く
 おねえちゃんと呼ぶには
 年を経てそうな
 女
 ちょうどぼくの真下で
 止まって
 きょろきょろ辺りを見回して
 もそもそもそもそもそ
 道端にしゃがみこむ
 
 じっと見る
 ぼくは
 息を詰めてじっと
 なぜそんなところで
 というのはきっと愚問で
 ただそこでしたかった彼女の
 色褪せた紺色スカート
 その地面に
 もちろん染みは
 当たり前に生まれていくのだ
 彼女の染み
 ゆっくり広がって
 筋から帯になって
 アスファルトを黒々と侵して

 顔を上げろ
 そのまま顔を上げてくれ
 そして気づいてくれ
 ぼくはここにいる
 あなたの顔が見たいんだ
 そして見つめあおう
 微笑みあうんだ
 この腐った暑い朝に
 ぼくら
 
 し終えた彼女
 紙を取り出し拭くこともなく
 もそもそもそもそ
 歩きはじめる
 変わらない歩調で
 色褪せた紺色スカート
 サンダルの音がカロッカリッと
 だらだら遠ざかって小さくなって
 おばさんと呼ぶに若く
 おねえちゃんと呼ぶには
 年を経てそうな
 女
 角を曲がって
 消えて
 もう蒸発のはじまっている染み
 
 休みの日には
 会う人もない


自由詩 サマーホリデー1994 Copyright 平瀬たかのり 2013-03-15 19:30:46
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