ひとり旅
凪 ちひろ

本当に欲しい物を 手に入れる旅に出かけよう
必要な物だけ鞄につめこんで
きみは ひとり 旅に出る

大きな山脈も 美しい谷川の水も
たくさんのビルも 小さな村も
まるで どこかで見た景色

歩いていく その先には 何か見たことない物があるかな
きみは気づいていない
感動する心が眠ってしまっていることを



歩いて 歩いて たどり着いた
古びた小屋の中には
一人横たわる老婆がいた
もう 最期のときが近かった

「なぁ 旅人さん
 わたしの 最期を看取ってくれないか
 子どももだんなも 何十年も前に
 流行り病で逝ってしまった」

どうせ気ままな ひとり旅さ
今晩はここに泊まることにしよう
粗末な部屋はほこりをかぶっていたが
元気なときは きれいだったのだろう
鍋も 本も あるべき場所に
丁寧にしまい込まれていた

「なぁ 旅人さん
 その棚の上にある
 緑色の本を 取ってくれないか?」

きみは本を手に取り ほこりを払い
老婆の手に渡した

老婆は微笑みを浮かべて 一枚一枚ページをめくっていく
それは彼女の日記
物ごころついたときから 少しずつ書き溜めてきた

「ほら見ておくれよ
 あの子が生まれたとき
 あわてて帰って来る途中で
 だんなはつまずいて 水たまりにはまったのさ」

それからきみは 一晩中聞く
老婆の長い人生の話を
どこにでもある でこにでもない
ありふれた 特別な 人生の話を

明くる朝 日の光を浴びながら
老婆は 息を引き取った
きみの頬には 気がつけば涙
とめどなく溢れて 止まらなかった



ひとしきり泣いた後
きみは祈りを捧げ
前の晩に聞いた 老婆の子どもとだんなの墓へ
その横に大きな穴を掘った
半日がかりで 精一杯掘った

老婆を穴に横たえて
土をかぶせ 十字を立て
花を飾った
最後の祈りを捧げた後
きみの目に映ったのは
新しい世界

こんなにも花は 鮮やかだっただろうか
こんなにも草は 優しく匂っただろうか
踏みしめる大地は なんて暖かいのだろう
川の水は なんて豊かなのだろう



それからのきみのひとり旅は
何もかも新しい 素晴らしい世界を行く
何度も 何度も 立ち止まっては
美しい世界の 景色を 目に焼き付けた



長い旅を終え 家に帰ってきたきみ
胸の中には いくつも光っていた
本当に欲しい物


自由詩 ひとり旅 Copyright 凪 ちひろ 2013-03-12 11:40:18
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