セプテンバー山男
カンチェルスキス

 
 



 面接官は一重の目で
 おれを見つめ
 何も言わなかった
 机にある採用チェックシートの上の宙を
 ボールペンがせわしなく回転する
 肌寒い頃だったが
 秋だかまだ冬明けて間もない春先だったか
 忘れた
 吐く息は白かった
 そしておれの懐はさびしかった
 労働が素晴らしいことのように言うのを
 耳にする
 あんなものは何もせず暮らすすべを知らない知恵のないやつらが
 しょうがなくやってるだけのことだ
 尊いだとか人間的成長を促すだとかは
 嘘っぱちで
 働くことでやつらは自分が何の知恵もアホだと
 証明してるに過ぎない
 やらないで済むならみんなやらない類のものだ
 ほしいものを買うための金
 食うための金
 電車を乗り継いで誰かを殺すための金
 飛行機を乗り継いで誰かに殺されるための金
 ほしいものなどほしくなくなればいいんだ
 食うものなど食わなければいいんだ
 身につけてもしょうがない金属や輝く石のくずを手に入れるための金
 競争 敗北 敗北 できることは射精
 おれは面接官に向かってガッツのある姿勢を見せた
 何の仕事か忘れてしまった
 ベルトコンベアが埃っぽいフロアを回転してた
 ご婦人用ファッションカタログのいくつかのページがそこを流れ
 ベルトコンベアのまわりに人が何人も突っ立ってた
 製本工場の仕事だ
 ベルトコンベアは神だった
 そしておれたちはそれに従った
 隣に立った粉っぽい化粧の匂いのする女が
(けっこう若くて形のいいおっぱいをしてた)
 いろいろ教えてくれた
 もっといろんなことを教えてほしかったが
 仕事以外のことで教えてくれたのは
 スロットマシンにはまってる彼氏がいるという情報だけだった
 そしておれはおれを見つめる一人の女に気づいた
 三十過ぎの女で
 髪はロングで背中まであって
 異常に毛先が荒れていた
 スーパーの特売で売ってるような
 あざやかな柄のケミカルウオッシュジーンズを履いて
 甘ったるい声を出した
 しぼみかけてはいたが
 かわいい顔立ちをしていた
 パレットに積んだカタログのラップの包み方とかいろいろ教えてくれたが
 口が臭かった
 何百年も伝統の口臭を継ぎ足してきたかのような悪臭だった
 足の臭い女はいいけど
 口の臭い女はおれはだめなんだ
 おれはそいつとしゃべらなくなった
 と思ったら
 そいつは他の若いやつのところに行き
 人に何かを教えるのを楽しんだ
 そういうやつだったのだ
 階段の下で
 休憩時間に
 暴走族上がりの派手な金髪女が
 シンナーの代わりに宅配のヤクルトを飲んでた
 パートのおばはんたちが
 グループを作って
 いつも決まったやつの悪口を言ってた
 グループの中の一人が去ると
 そいつの悪口がはじまった
 おれは外に出て
 缶コーヒーを飲んだ
 空は曇ってることが多かった
 エロいことを想像して
 たまに勃起した
 と言うか つまり
 おれは類まれなガッツのある男として採用され
 何十回もベルトコンベアを停めたのだ
 神の機嫌を損ねた
 神の機嫌を損ねるたびに
 おれはもっと簡単にできる作業の場所に
 移された
 そして顔にこびりついたような曇り眼鏡の男に
 何度も怒鳴られた
 パレットのカタログの積み方がなってない!
 おれは指摘されクソみたいなカタログをゆっくり積み直した
 すると
 曇り眼鏡野郎はその態度に腹を立て
 さらに激しくおれを怒鳴りつけた
 おれはこいつをアラスカに連れて行って
 吹雪の止まった日にでも
 銃殺したいと思ったけど
 アラスカまで行く金がなかった
 おれはゆっくりやった
 おれはおそらく今世紀でもっともご婦人用ファッションカタログを
 ゆっくり積み直す男として
 世界史に記録されたに違いなかった
 うんざりするような沈黙が続いた後で
 おれはその場所から移動させられ
 一階のフロアの掃除やゴミを拾い集めて回る勇敢な男に生まれ変わった
 いつからいつまでそこにいたのかは
 わからない
 春から夏までだったか
 秋から春までだったか
 そしてその間におれの鼻の頭には
 遠くから見てもわかるほどのおっきな面ちょうができて
 昼飯を毎日食いに行った工場前の中華料理屋の婆あから
 不幸を呼ぶ男のように思われた
 うまい中華丼にうまい中華スープ650円の代金を千円で払うとき
 婆あはうとましげな目でおれの鼻の頭を見つめ
 この男に未来永劫希望はないと無言で宣告した
 それから手づかみにしたアツアツのおでんをはなすように
 釣り銭を渡した
 白髪まじりのほつれ毛
 腕のいいコックである夫は町内会の親善旅行で
 上海に向かった日
 店内の隅の頭上のテレビ台では
 終了間際のNHKの連続テレビ小説の再放送の俳優たちの
 ヘタクソな関西弁が
 まかり通っていた
 一重の面接官も同じ店で食うことがあった
 もちろん違うテーブルで
 面接官は日替わり定食を食った
 750円だ
 おれはそいつにたっぷり稼がしてやった
 そう言うのは間違いだろうけど
 そして
 マジシャンになるための練習と仕事が両立できなくなってきたからという理由で
 おれが辞めるまで
 そいつを含めてほとんど誰とも
 言葉を交わさなかった


 おれがヘマをやらかして
 ガタンと音がして
 ベルトコンベアを流れるカタログが一箇所で
 潰れ
 活気のあるクソみたいに盛り上がってゆくさまを眺めるのが
 おれは好きだった









自由詩 セプテンバー山男 Copyright カンチェルスキス 2004-12-25 19:21:14
notebook Home 戻る