生き死人(どっちやねん!)
ドクダミ五十号

聖バランタインにまつわる

一つの商業的まやかしの

祭りは過ぎて

巷にはカカオのかほりを

求めて彷徨うチョコレイト・ゾンビが

「くれ〜 くれ〜」と多数出現している

別に他者に危害を及ぼす存在ではないが

悲しげなつぶやきは耳に障る

セールで余ったチョコレートを

荷車に積み

白馬に引かせ

柔らかな腹に拍車を当てる穢れ無き乙女

ギリシャの女戦士のごとき甲冑をまとい

青銅の剣を突き上げて叫ぶ

「おお!下世話なるを承知で、汝ら亡者を救おうぞ!」

白い馬の安直なネーミングである「シルバー」は

クツワによる拘束から粘着くよだれを漏らしながら

ひひ〜ん(冗談じゃねえよ、いてえんだよ!クソ女)

前足を地より高く浮かせてかきむしる様な動作

手綱の元のイミテーションの白銀の鈴は

シャンシャリンリンと鳴りました

さて荷馬車は街を疾走しながら

乱暴に荷台からチョコレートをこぼすのですが

どう云う訳でしょうか?

ゾンビ達は無反応

尚も「くれ〜 くれ〜」とチョコレートを踏みにじりつつ

両目から滂沱の涙を

合点がいかぬ救世女は美しい声を少し枯らしながら叫ぶ

「恵まれぬ男性よ!何が不満だというのか!?」

「汝らを見かねて出張って来たと云うに!」

ゾンビの一体がつぶやき声を転調させた

少しばかり高音に「あ」と「い」

「い」は伸ばされ区切られた後に

「が」は区切りの意味を持って

「ほしいんだよ〜」と切実なる連続に続く

伝播する作用があったのだろうか?

あちらこちらとゾンビどもは同じつぶやきを

つぶやきが叫びに近く増幅されるのは

必然であったろうか

怖気づいた乙女の甲冑ほど

役に立たないものは無い

吹き出す甘い香りの汗が

緑青色に輝く甲冑を変えて

青銅の輪で繋がれた馬具は最早束縛力を失った

「シルバー」は口の端を嘲笑いに歪めながら

「【象徴】じゃあ満足しないよ。本当に欲しいものは別さ」

解らない者には「ぶるる」としか聞こえないのではあるが

言ったのであった

その後「ゾンビ」と「乙女」はどうなっただろうか

一体のゾンビが死んでいたって痛かろうに

真白な薔薇をプレイボーイと名高い公爵の花園で

血の流れを思い出しながら血の通わぬ指で摘んだ

未だ「痛み」が走る指で

公爵は見て見ぬふりをした

執事が「今直ぐ退治致しましょう!庭師に打たせましょう」と

少し激高しながら申し立てましたが公爵は

「いいじゃないか。俺だって替わらぬよ」と言って

右手のグラスから血のような酒をこぼさぬ静かさで

執事の前に腕で制しをするのだった

さて

白い薔薇を腕いっぱいに抱えてゾンビはどうしたでしょう

ゾンビのくせに背をしゃんと伸ばし

乙女の鐙の前に赴き

ゆっくりと膝を折って

乙女を仰ぎ見ながら

一言低く「これを」と

白い薔薇は舞った

他のゾンビたちはつぶやくのを止めた

白い薔薇が舞って落ちる

そして薔薇を捧げたゾンビは云う

「薔薇によって真実の愛が得られるとは思いませんが」と

嗚咽が伝播するのは

乙女もゾンビも白薔薇も

あらゆるものが切望と喪失の紛うこと無きエッセンスだからだ

静かに散り散りに池の波が反射して減衰する様に

騒ぎは収まっていった

誰だろう?教会の鐘を時にかなわず鳴らすのは

白薔薇を乙女に奉じたゾンビだったかもしれない


    了


自由詩 生き死人(どっちやねん!) Copyright ドクダミ五十号 2013-02-21 15:22:07
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