深夜のナポリ譚
faik



 たまになら食べてもいいかも。と、軽い気持ちで言ったが最後、有名なわけでもアンニュイ雰囲気なわけでもないファミレスで、大して好きでもないナポリタンの大盛りをつつく羽目になってしまうように。詩作というものは案外、書いたこちらの思惑とは異なった方角に運ばれていくもののようです。
 かくいう私自身は、ナポリタンなんざ一生にあと一度食えりゃ十分だなぁというスタンスだったわけなのですが、どうやらお相手の方はこの店に着いた瞬間からナポリタン一択だったといいますか、なんならナポリタンが食べたくてこの店に来ましたが何か?と言わんぐらいの意気込みで、ナポリタンの活字とナポリタンの写真をこちらに指差して見せてきたわけですので、ここで私ごときがつまらない意地を張ってその気持ちの昂りに水を差してしまっては悪いと思い、けれど、やはりどう頑張ってみても私の気持ちは瞬時にナポリ方面には傾きそうにもなかったので、あえてぼんやりと、お相手の方が三十年弱の人生で培ってきたであろう読心術を信じて、ああこの子はナポリタンが好きな子じゃないんだな、それじゃあ僕は明日ランチを約束しているみかちゃんと一緒にもっと美味しいナポリタンをつつくことにしよう、とまあ、このように考えてくれると信じて、たまになら食べてもいいかもね、と。そう言ったわけなのですが。


「――うん。やっぱりおいしいね、ナポリタン」


 どこかの工場で大量生産された洒落もへったくれもない皿に盛られた、深夜のバイトシェフが終業予定時刻を気にしながらぼんやり作ったであろうナポリタンを幸せそうに頬張るお相手の方には、どうやら私が自分と同じように終始ナポリタン一択でこの店に来た人間のように見えているわけで。
 それがなんとなく、可笑しいというか。うん、まあこれはこれでよかったかもなぁと、うっかりこちらが無意味な悟りに入ってしまうような顔でしたので、お相手の方には悪いけれど、やっぱり私はナポリタンはあと一回ぐらいで十分だなあとちゃっかりこっそり思いつつも、裏腹。一口、また一口、と。うっすらと煤けた繁用のフォークに、大して好きでも有名でもないナポリタンを、ぐるっぐるっぐるっとこう、巻きつけてしまうわけです。

 嗚呼、次はなんて言えばこの人にナポリタンを食わされずに済むのかなあ、とか、大して働きもしない深夜の頭で、黙々もぐもぐと考えてしまうわけです。


自由詩 深夜のナポリ譚 Copyright faik 2013-02-19 18:06:48
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