シーズンオフ
オキ



波打ち際で、
旅人はイルカと話す少女を見た。
少女は前の日も、その前の日も、
イルカと向かい合っていた。
「イルカと何を話していたの?」
旅人は訊いた。

少女は強く頭を振って、
「イルカじゃない、
海水浴で溺れた少年よ!」
と言い放った。

波頭に陽の跳梁する真昼、
少女はイルカに乗って
沖へ出て行った

海辺の家に投宿している旅人は、
窓辺に立って、それを見ていた。
風も強く、飛沫に陽が踊って、
旅人の目には、うつつとも、
幻とも見えて、定まらなかった。

しかして、
その日を境に、
海岸に少女の姿を見ることはなかった。
旅人は間もなく、
海辺の家を離れた。
自分は少女に会うために
そこに滞在していたのだ。
その思いが強くきて、
もうこれ以上留まれなかった。
少女は波が少年をさらって行ったと訴えていたが、
旅人は自分こそ少女を海に奪われたと思っていた。
憤ろしくそう思っていた。
盛り上がり打ち寄せてくる波音は、
狂おしいばかりの旅人の鼓動とぴったり重なっていた。
旅人は今、波音の聞こえない土地へと、
旅立たなければならなかった。
そうしないと生きていけないと思った
他に選択肢はなかった


自由詩 シーズンオフ Copyright オキ 2013-02-18 20:59:08
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