アラスカ8〜最後の楽園〜
鈴木もとこ

 キーナイリバーでの釣りは、結局アラスカ気分を味わっただけで帰途についた。
 途中キーナイ半島からクック湾を望む広い道では、あたり一面を真っ赤に染めながら海に
沈んでゆく大きな夕日が、アラスカ旅行最後の日を彩っていた。
 そして翌朝4時。白くなった山々を眼下に、アンカレジ港にたなびくサーモンピンクの雲
の上を飛行機はシアトルへ向けて上昇しはじめた。
 私は窓の外を見ながらアラスカの旅の日々をゆっくりと思い出していた。デナリ国立公園
でのハイキング、マッキンリーが美しかったワイルドライフツアー、キーナイリバーでの釣
りの手ごたえ・・・。雄大なアラスカの自然は暖かく時に厳しさを存分に旅人に見せつけ、そこ
に在り続けているのだった。星野道夫が写真で切り取った風景そのままに。彼の遺した言葉
の1つひとつをそこに見つけ、共有していたという確かな感覚が嬉しかった。
もしかしたら、次に来るのはここで暮らすために訪れる時かも知れない。

 約5時間の飛行のあと、乗り継ぎのシアトル空港で軽い朝食を取った。テレビではニュー
スが流れている。何となく眺めていると、JAPANという文字が見えた。内容を追っていると、
どうやら昨年ハワイ沖で、アメリカの原子力潜水艦に衝突されて沈んだ練習船えひめ丸の事
らしい。引上げ作業に難航していると早口でニュースキャスターが伝えている。悲しい事件
だ。ふと、アメリカでも衝突事故の続報がニュースになっているということに少し驚いてい
る事に気づいた。勝手に“自国の都合の悪いことはあまり報道しない”と批判的に思ってい
た自分に反省。確かにアメリカ人1人ひとりはそう酷い人はいないのだ。
 そして、帰国後まだ疲れが残る9月11日。NYの2つのビルに飛行機が突っ込んだ。
アメリカ政府は厳戒態勢をひき、発着するすべての飛行機をストップさせた。やがて、アル
カイーダによる自爆テロ事件と発表する。イラク戦争のはじまりだった。
 世界中が混乱し、みんなテレビにくぎ付けになった。
 状況を聞きたくなり、アラスカのガイドのコリン君に電話をしてみた。国際電話の向こう
で彼は「飛行機が止まって結構帰れなかった人がいたみたい」とのんびり言った。
「今回の事件でアメリカではみんな混乱しているの?」
「いやー。NYのことだし。アラスカはいつもと変らないよ」
「コリン君は今回の事どう思う?」
「うーん。別に。」
 拍子抜けの答えにがっかりした。アメリカの若者ってこうなのだろうか。

 それから数年後アメリカ政府は、アラブ諸国に頼らずに自国でエネルギーを確保するとい
う名目で、アラスカの北極野生生物保護区内にある天然資源を掘削する“石油ガス開発計画”
を発表する。
 かつて天然ガスのパイプラインが縦断し開発が進むアラスカで、自然を次世代に残そうと
市民運動によって勝ち取ったものがまた開発の危機にある。
 そして、先日発表されたアメリカ軍によるミサイル防衛計画。
アラスカにはもう既に、地上配備型弾道迎撃ミサイルが6基配置されているという。
戦争になれば当然ミサイルのあるアラスカは爆撃され、(日本も否応無く巻き込まれ)その
美しい自然は保ってはいられないのだ。太古の昔から連綿と続く広大なアラスカの大自然の
営みでさえ、時代や思惑によって翻弄され、人間によって簡単に断ち切らてしまうという事
に、危うさと儚さを感じずにはいられない。一体いつまでこのままでいられるのだろう。

2004年クリスマス。
幻想に過ぎないのかも知れないけれど、この日に平和を願う人が世界中で1人でも多いこと
を祈りたい。
そして世界平和を願うことは簡単で、隣の人を愛するのは本当に難しいんだとということも
考えつつ。


散文(批評随筆小説等) アラスカ8〜最後の楽園〜 Copyright 鈴木もとこ 2004-12-24 00:19:09
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