各駅停車で、春に向かう
るるりら

各駅停車で、春に向かう



このあたりは 四十年前より 毒々しい
昔はこの辺りのことを 武蔵といった
私は相変わらず 色白だ
恋人の八雲が人間の女にネコババされるのでの時間を
いつくしんでいる私なのだ



その昔は わたしとて さまざまな場所に居を構えていたが
このあたりが武蔵と言われていた頃に
私の正体をあばいた男がいた 
おゆきと 呼んでくれたのは好いが
私を見限り 男は 別の女と所帯をもったという
八雲め わたしを 雪女と知っての 狼藉か

しかし
この武蔵にさえ 住んでおれば
いつか 男にあえる気がして 男の名前の八雲にあやかり
この青梅線沿線の八幸ハイツに住んでおる

八雲は とおのむかしに死んだと聞いた
恋の引力か
このあたりには
たまに 八雲に似た男も このあたりには いまでも現れる
 米軍の基地があるのだ


ヒートアイルランド現象による気候の変化が身に応える
アパートの防音防壁工事は完璧だ 隙間風がすくないことは
人間には良いことなのだろう
だが冷気が この身の元である このおゆきには 耐え難い

青色吐息で まだ春の来ぬ駅を徘徊する
出発は この拝島



拝島駅 
福生駅 このあたりは 八雲さんに似た おひとが ときより乗車する
羽村駅 このあたりで たそがれているおひとが
河辺駅 八雲さんの生まれ変わりやもしれぬ
東青梅駅 梅の花が咲くまでは天国だ
青梅駅 このあたりの梅の花の香が すこしでも匂い立つなら 春だ
宮ノ平駅 御家賃を一年分 全納せねばならぬ      
日向和田駅 ひなたわだのように かるくなる わが恋心
石神前駅 意思が人と女を つくるのだ
二俣尾駅 八雲さんが 人間と睦んだことくらいは知っておる
軍畑駅 修羅のような いくさ場のような この心
沢井駅 それでも澤の水は 私を鎮める

御嶽駅 みたけまでのこの駅までの すべてが
無人駅になったのは この私のせいだ
霊力が ひとけを避けさせたのだ そんな私だが
春のたびに 体が 八雲さんを思うて その温かさに あつうなり
思うほどに
喜びで この身は ゆるんでしまう

すっかり消え果てて しかしまた 
冬が近づくと
あのアパートで 息を吹き返す 
私の正体は雪女
わたしは いつしか春がスキになってしまった雪女

冬の間は いそがしい
春が遠い日は、各駅停車で
あの人の面影を探す
米軍とやらが 最近 また この沿線に増えてきた 
うれしゅうてならぬ お会いしたや八雲さま
あの席の おひとなどは まさしく八雲さまではなかろうか
こんど 会ったなら 離しはすまい



ああ いま またひとつ 青梅の梅の花が 一輪咲こうとしている
春までは 


各駅停車でいこう


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初出「あなたにパイを投げる人たち」の即興ゴルコンダ(仮)に
投稿させていただいたものに 若干の
修正を加えました。
  http://anapai.com/CGI/cbbs/cbbs.cgi?H=T&W=T&no=0
タイトルは、紅茶花太郎さん


自由詩 各駅停車で、春に向かう Copyright るるりら 2013-02-11 23:37:43
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