僕が思う現代詩と合唱の関係について(2)
赤青黄

僕が思う現代詩と合唱の関係について(2)



メビウスリング、文学極道、現代詩フォーラム、詩投稿for you、ネット詩MYDEAR・・・
主に僕が出会った今現在機能している詩投稿サイトである(他にあるかもしれないが、登
録やらなんちゃらも含めて、僕は出会うことが出来なかった)

正直に言えば、これらのサイトに初めてであった時、詩を投稿する彼らの熱量に圧倒され
たことを覚えている。なぜなら、これまた正直に言うと教科書に載せられた難しい詩、何
の感慨も僕に起こさせてくれない詩に比べ、ネットで見つけた数々の詩は、それを上回っ
ていたからだ。そうでなくとも、僕がネットで出会った詩に少なからず衝撃を受けたこと
は事実だ。 (実際、教科書に載せられた詩は、確かに一般的に見たら立派な文学作品なの
だろうけれども、小学三年生に「毛虫」と題した一行詩を、教科書を通じてみせても、な
んのこっちゃ分からないと思う)

その中でも特に、文学極道で出会った作品(特に文極初期に投稿された作品において)僕は
感銘を受けた。

僕は貪るように文極のログを、コラムを、一から全て読み始めた。

そこに書かれていたことは、文極参加者がそれぞれに持つ「詩」という言葉の芸術にかけ
る熱意そのものであった。僕のような、一端の高校生でもそれだけは感じることが出来る
程の。(無論、文学極道だけによらず他の投稿サイトでもそれは感じたが、このサイトの
熱血具合が半端なかったのであえて誇張した)

僕はこれらの作品を読み終わった後に、何故、一般の人々がこれだけ優れた作品を読んで
いないのか、いやこのような場があることを知らないのか、と思うようになった。

だから僕は、まず自分の周りにいる人=友達にネット上で見つけた(僕がいいと思う)作品
を見せてみることにした。


すると、返ってきた返答は僕が予想打にしていなかったモノばかりであった。

「これを読んだら頭が痛くなった」
「俺、現代詩は性に合わないからなぁ」

唖然とした。
いや、まだ読んでくれた人はまだいい。
「現代詩=読む価値はない」
このような、所謂きめ付けのオーラを放ち、読む前からさりげなく拒否する人もいた。

しかも、読ませた詩がその詩のサイトの中でかなりの高評価を得ている作品であり、僕自
身もまたその作品を読み鳥肌が経ったから紹介したものであり、、、まあ正直に言えば
ショックであった。

しかも、僕が詩を見せた人の殆どが日常的に(娯楽小説が殆どの奴もいるが)読書をする奴
らばかりであったから尚更である。



僕がこの詩を読め読めと、結構強く促していたから、そんな反応を見せたのかもしれない
、、、と考えもしたが、結構乗り気で見せろ見せろと興味津々だったやつも同じような反
応を示したことを考えれば、うーんである。




この出来事が更に僕を考えさせることになった。

そして、その中でいくつか考え付いたことを(3)以降で少しづつではあるが
書いていこうと思う。

今回はここまで


散文(批評随筆小説等) 僕が思う現代詩と合唱の関係について(2) Copyright 赤青黄 2013-02-10 00:08:18
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