死神のメロディー
ホロウ・シカエルボク



溶けたプラスティックみたいな血が
身体の中をゆっくりと流れている
その血が見せる幻覚は加工物臭く
張りつめっぱなしのジャズ・ドラマーのカウントのように
軒先からの雨垂れが地面を叩き続けている


アラームの誤作動で真夜中に目が覚めたとき
まだ見たことが無いものを知っていることに気付いた
だけどそれは絶対に形に出来ないもので
ゆきずりの愛のようにそのまま忘れてしまって構わなかった


「確信は、そのとき一番効果のあるまじないのようなものだ」


アクアリウムのネオンテトラが腸捻転を起こして腹を上にしてる明方
小学校のとき
飼育していたウサギが死んで泣いていた女を思い出す
その女も死んでいなくなってしまった
正直な話しすっかり忘れてしまっていた
だって俺は懸命に生にしがみついていなくちゃいけないんだから


雨は三日月が切り裂いた空から流れる血


週末は濡れて、果てしなく濡れて
通りを歩く酔っ払いもじきに素面に戻る
そうして点滅信号の向こうに
人生の終わりを見る
アルコールのあとのあるゴール
軽い笑いのあとに忘れられてしまう程度の


俺の遮光カーテンはすべてのものを遮断している


床に沈み込んでいくほどの示唆が詰め込まれた夢を見ては目覚め
時計を見ては騙されたような気になる
もっと眠っていた気がするんだ
たぶん誰かが時間を巻き戻した
俺が朝を迎えることをこころよく思わない誰かが
もしかしたらそれは死んでしまった詩人かもしれない
俺より年下だけど
俺よりずっと洒落た詩を書いてたやつだった
だけどごめんよ
お前が待ってるドアは俺にはまだ開けることは出来ないんだ


ネオンテトラはそのまま水に溶けていった


あのさ、俺に電話をかけて欲しいんだ、そして、繋いだままにして眠ってくれないか
馬鹿なことを言ってると思うかもしれないけれど
一度ぐらいそんなことにつきあってみてくれないか
そんな風に眠った夜にどんな夢を見るのか試してみたいんだ
沈み始めたときに掬いあげてくれる誰かの呼吸が聞こえている寝床で
夜の温度の中に溶けていくような眠りを信じてみたいのさ


「電話代はそっちでもってくれるの?だけどどっちにしても、そんなことにはつきあえないわ」


女は電話を切って、俺は電話を投げて
画面の照明がやれやれというように消えると部屋は
埋葬された棺の中のように暗い
俺は眠りの中で、そうさ
死神の囁きを聞いているのかもしれない
巨大な鎌が首筋にあてられてるような気がする
冬の温度の中でそこだけがいっそう冷たい
浅い傷ぐらいは付けられてるかもしれない
指先を這わせてみる
確かに痛みがある
そこには血すら
滲んでいる気がする




自由詩 死神のメロディー Copyright ホロウ・シカエルボク 2013-02-02 00:31:05
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