ヒュプノスの眠り
凪 ちひろ

走って 走って 走って行く
走った 走った その先に
何も見つからなくて
途方に暮れた女の子

走って 走って 走って来た
走った 走った その道に
何かを落してきたの?
そっと振り返る女の子

女の子は いつの間にか
女性と呼ばれるようになって
そぐわない 化粧と服を
ピエロのように 被っていた

愛される前に 愛そうとした
言葉の刃には 笑顔を返そうとした


走って 走って 走っていた
走った 走った あの夜に
何もかも投げ出して
逃げてしまえばよかったの?

走って 走って 走っていた
走った 走った あの日々に
何か意味を見つけたくて
忘れることもできないまま

女の子は いつの間にか
冷たい仮面をかぶり
氷の上を歩くように
凍えた体を抱えていた

どうしても愛せない自分を責め
言葉の刃は突き刺さったまま


立ち止まり 立ち止まり
そのまま 座り込んで
息もたえだえに
ついに横たわった

優しい歌が 遠くから聞こえる
何もかもを失った わけではないと知っていた
けれども その体を
動かすことができなかった



「春になれば 氷は溶ける
 いつか刺さった刃の傷も
 癒える日が来るだろう
 それまでそこでお眠りなさい」


ヒュプノスの歌
美しい花園の中
眠る女の子
冷たい氷が溶けるまで


自由詩 ヒュプノスの眠り Copyright 凪 ちひろ 2013-01-31 23:39:32
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