おまえに別れを告げさせてくれ
石田とわ




     鳩子よ

     おまえが生まれたのは寒さの残る
     春と呼ぶにはまだ早い季節だった
     忙しさにかまけ、放置していたベランダで
     気づいたときにはおまえはもう産声をあげていた
     ベランダの片隅でみつけたとき、そっとカーテンを閉じ
     見なかったことにしようと項垂れるしかなかった
     それでも貧弱なからだで無事に育つのかと
     餌はもらっているのだろうか、
     死んでしまいやしないかと
     ほんとうに心配したものだ

     だが心配は杞憂におわり、皐月の風が薫るまえに
     おまえは元気に大空へ飛び立ったのだね
     やっとこれでベランダ掃除ができると
     どれほど安堵したことだろう
     数カ月に渡るおまえの子育てのために
     フンだらけになったベランダはそれはそれは
     たいへんな事になっていた

     鳩子よ、おまえは自由なのだ
     この広い空すべてがおまえのものなのだ 
     狭いベランダに捉われてはならない
     疲れたときたまに羽を休めるのはかまわない
     だが、ところかまわずフンをまき散らすのは
     レディとしてあるまじき振舞いではないか
     ここはおまえのトイレではないのだよ

     もう一度言おう
     この世界は広く、空はどこまでも広がっている
     もううちのベランダのことは忘れるんだ
     休みのたびにするフン掃除のつらさは
     おまえにはわかるまい

     いいか、ここにフンをしてはならないのだと
     その鳩胸にしっかり刻みこむんだ
     そして焼き鳥になりたくなければ
     そのことをけっして忘れるな


     さらばだ鳩子
     もう二度と来ないでくれ








自由詩 おまえに別れを告げさせてくれ Copyright 石田とわ 2013-01-25 23:41:47
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