「ちくわ男と紳士」
ドクダミ五十号

「何? 俺が怠慢だって言うのか」
ちくわ男は問い返す

「そうだとも 労働もせずだろうが」
仕立ての良い背広の紳士が口角泡を飛ばし言う

ちくわ男は右手に持ったちくわを揺らし
左手の人参を紳士の目の前に近づけて言う

「いいかいご覧よ ほら」
ちくわ男はちくわの穴に人参を差し込んだ
ちくわの穴に丁度良く人参は収まった
そして尚も言う

「なあ シャッキリと自立出来る たいしたものだ」
右手のちくわを振って見せる

「俺には生憎人参を入れてくれる方も
人参もねえんだよそれでどうしてシャッキリ出来る?」
静かな怒気を含んだ低い声で紳士に問うた

「その体で人参を 労働に拠って得ればよかろうが」
紳士はせっかくの背広に皺が寄る程の仕草で怒気を
顕にして言う

「出来るならするさぁね」
自嘲と苦味と怒気の混合した声でちくわ男は続ける

「しゃんとしねえと人参は得られねえ
労働しようにも雇ってはもらえねえ 矛盾している」
ちくわ男は身を振ってみせる
しゃっきりどころかふにゃふにゃと揺れた

「これで例えばアンタは雇うかい?」
紳士に問いつつ更に

「労働をしても得られる人参は労働しない方に
少なくとも三本のうち二本は奪われる 酷くなると
もっとだよ それでしゃっきり出来るかい?アンタは」
更にちくわ男は問い詰める

「頭脳労働をすれば良いとか思ってねえか?
とんでもねえ話だ〈馬鹿は馬鹿に拠って作られ
維持される〉って聞いたり読んだりした事がねえだろう」
どの時点で紳士が答えるか苦味を口内と心底に分泌させ
て ちくわ男は待った 紳士の答えを

ちくわ男は知っていた
紳士は頭脳労働者で
出来無い者から奪う事が得意だと
実はしゃんとしているのは
ちくわの上に乗った
小賢しい頭脳だけだ

紳士に自嘲するだけの頭脳があるだろうか?
これも矛盾した事である
無理なのだ
およそ「差別」とは
都合良く他者から奪う方法なのである

答えを待つ間
ちくわ男は更に考える
人参は何処へと

更に考える

所詮

ちくわである

骨に管を足して肉で覆う
口から尻に至る「穴」を持っている
それどころか
至るところに穴を持ち
穴を満たしては
穴の満たしを失い
決して満ち足りぬものだと

具現は実に
ちくわ男にも
紳士にも

ちくわ男の穴の一部を
満たす答えはあっただろうか?

状況とは別に
ちくわ男の鼻孔は
春の花の香りが風によって
一時ではあるが
満たされていた事は些細な事と
時は過ぎるのであった






自由詩 「ちくわ男と紳士」 Copyright ドクダミ五十号 2013-01-16 06:05:05
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