くわい
そらの珊瑚

初々しいと言えば
きこえはよいが
あのころの私はとても無知だった

結婚して初めて過ごす夫の実家でのお正月
おせちに「くわい」を炊くという
新種の宝石のような
淡い水色でつやつやの丸い物体を
その時私は生まれて初めて見たのだった
くわいは泥の中で育つエメラルドと
呼ばれているらしい
奇妙なことに
そのひとつひとつに
一本角が生えている
「この角も食べるんですか?」
と聞いてみたら
それは食べないものらしい
食べないのなら要らないと
勝手にそう思い込み
ざくざくと全てのくわいの角を切り落とした
(実はそのほうが皮をむくのが簡単そうだったから)

皮と角をきれいに落とされたくわいは
さといもの赤ちゃんのようだった
姑は一瞬躊躇したあと
「角、落としちゃったの?」
と驚きながら笑った

くわいの角は
今年も芽が出ますようにという
縁起物で
食べないけれど必要なものであった

お正月
親戚の誰かがくわいを食べるたび
自分のしでかした失敗が発覚しそうで
びくびくしながら
密かにくわいばかりを食べていた
ほろにがいその味は
あまり好きにはなれそうになかったし
実は今でも好きではない

あの年の芽は出たんだろうか
出なかったのだろうか
それでも一年かけて芽(願い)を育てる作業は
祈りに似ている
本物の宝石は
実は日々の泥のような生活のなかに埋まっているものかもしれない
それから毎年自分で作るおせちに
くわいが欠かせなくなった

義父母が
今年のくわいはちゃんと角がついてるかね、と
あちらの世界から見ているだろうか

いつかみんな笑い話になりますね



自由詩 くわい Copyright そらの珊瑚 2013-01-01 10:09:09
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