懐かしい人
salco

〜2012年備忘録

1月

 九時過ぎ、テレビを点けると石岡瑛子が映り、すっかりお婆さんになって
いて驚いた。堤清二のPARCO、その尖鋭的広告の仕掛け人だった。

 山口はるみのイラストが流行った七十年代末から八十年代初頭、長い髪に
ソヴァージュ、平たい面立ちにノーズシャドーを入れ、黒いパンツスーツの
意思的な容姿が印象的だった。
 三宅一生や山本寛斎がパリコレやロンドンコレに風を吹き込み、紅の天女
山口小夜子と怒り肩のプレタポルテがランウェイを街を闊歩していた時代、
日本が最も元気に駘蕩していた頃の象徴みたいな女性だ。レンピッカのメタ
リックな頽廃やリーフェンシュタールのヌバ族も、パルコを通じて私に教え
てくれた。

 九十年代、東欧のアジアを醸したカフタン風衣裳と血の色彩が秀逸な映画
『ドラキュラ』でアカデミー賞を獲った時以来の久し振り、もう七十一歳と
いう。頭にスカーフを巻き、コム・デ・ギャルソンかヨージ・ヤマモトっぽ
い黒服に、それでもきちんとチークを入れた薄化粧で、媚びのないあの口調
はちっとも変わらない。
 ここ二十年、ニューヨークを拠点に映画や舞台の美術に携わっていて、新
作ブロードウェイミュージカル『スパイダーマン』の斬新な衣裳作りの工程、
その精力的な仕事ぶりを追うドキュメンタリーだった。
 「元気の秘密が」
 と、やや変な日本語でストレッチ体操を実演してみせる、お茶目だけが老
人らしかった。

 NHKの「プロフェッショナル」という番組は、中島みゆきの御詠歌で名
を馳せた「プロジェクトX」を踏襲し教条的で仰々しいので嫌いなのだが、
つい観入ってしまった。
 不屈の美意識と絶対に妥協しない姿勢に、「かっこいいなぁ」、「でも寂
しくないのかなー」、「自分もこんな風に生きないとダメだなぁ」など感嘆
しきりでいたら最後、
 ・・・2012 ご冥福をお祈りします
 キャプションが出、エーッ! 亡くなったの?! 
 追悼の為の再放送だったかと愕然とした。

 ネットで検索すると、少ない記事に一月二十一日東京で逝去とあり、すい
臓がんで去年九月に帰国し療養していたと。一週間以上知らなかった自分に
も心底呆れる。
 一年半前から体調を崩していたというから、面やつれもなくかくしゃくだ
った撮影時には多分、御自分の病気を知っていたのだろう。するとあのスカ
ーフは治療のせいだったのかも知れない。
 佳人薄命とはよく言うが、才人もしばしば短命だ。
 人生、それに天職と恋に落ちると足元すくわれるみたいだな。やりたいこ
とはまだまだあっただろう。
 それでも、好きな仕事で身を削るように働いて来た強い人だ、悔いは相殺
済だったかも知れない。
 原田芳雄に続いての訃報だ。絢爛の八十年代に雪が降る、雪が降る。


散文(批評随筆小説等) 懐かしい人 Copyright salco 2012-12-24 23:22:02
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