幸せは眠っている
砂木

バイクの後ろに乗せられて バイバイと
母の実家に行った 四歳の頃
家族と離れて 初めて一人
そんな自覚もないままに
しーんとして広く感じる居間や台所
少し高い所にある黒電話をみつめた
しばらく泊まるのだとは思っていなかった

家族の病気や農繁期が重なり
父母の忙しさを見かねた母の実家で
私をしばらく引き取り面倒をみてくれたらしい
今にして思えばそのありがたさに下がる頭も
当時四歳の私には 意味がわからず

名前を変えて このうちの子になればいい
ずっと この家にいろ と言う
祖父母や 叔父などの からかい半分の気遣いに
力いっぱい 抵抗した

絶対に嫌 絶対に名前は変えない

背中には 人形をしょわせて貰い
ご飯をたべさせて貰い トイレにも連れて行って貰い
危ない場所にはいかないように
ありったけの心遣いをして貰ったのに

今でも覚えているのは だっこして貰って
我が家からの電話に ごにょごにょ言っている私
自分の名前を大声で叫んで このうちの子にはならないと
外で真赤な顔で 演説をしている私
やっと父母が迎えににきた時 母の実家の家族は
きっと ほっとした事だったろう ありがとうございました
私は 父母が迎えにきた時
実は その時の記憶がない

後から母に聞いた話では 玄関に父を見るなり
父の胸にしがみつき 家に帰るまで離れなかったらしい
バイクに乗って出かけた所も 面倒をみて貰った所も
朝食の生卵や おふとんをひいてもらったのも覚えているのに
待ち焦がれたのではないかと思える 迎えに来て貰った記憶がない
長い間 とても不思議だったが 最近 はっと気づいた
私は きっと父の腕の中ですぐ眠ったのだ
幸せに眠っているのだ 悲しい事もすべて すべて眠っている

幸せに眠る私の中の私
眠り続ければいい 幸せは眠っている
眠れぬ日々は 眠る私の幸せを守るために

あれほど変えたくなかった名前を変え嫁いで
独り立ちして二十年もたつのに いまさらなのに

風よ土よ空よ木よ
私を私は私に返します
見届けておくれ きっと

眠るぬくもりを守るため
眠れぬ日々がある
眠りに晒されてさらわれても
幸せは眠っている
なにものにも 変えられない







 


自由詩 幸せは眠っている Copyright 砂木 2012-11-25 20:19:54
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