消されてしまった詩は舌の裏に隠されていた
すみたに



黒板から不機嫌に拭き消された詩はノートの裏表紙に書かれていた。

知らなかっただろう、二日前にはまだ星が見えていた、窓から夜空が見渡せた、そこに硝子が割れずにあったことを。もう思い出せないんだ、すまないとわたしは言ったが、嘘を吐くなとわたしの瞼をつねり上げ、眼球に接吻しようとするお前、泡立った黄色い涎が、わたしの視界を切れ目ない光の世界へと誘い、闇はひとつの光となる。気が触れてからというものの、お前の顔は真っ赤に腫れあがり、お前の心から血の気が失せた、青い生命の硬さにわたしは触れられない、ざらついた表面には数億本の細かな棘がはえ、わたしの肉片を攫っていく。変化したのは街の方だったが、誰もが夜空の変化に気が付いたと吹聴し、いつのまにかポスターに描かれた禁煙励行のアジテーションは、駅から家に帰れなくなった子どもの瞳に映る、錐先ほどの憂慮と喜びとなり、虎の死骸は火葬され、灰は娼婦のやさしい頬を彩ったとされる。わたしが眠りに着くとお前は夢に油性ペン落書きをして、風船の中に閉じ込められた臍の緒で首の絞まった胎児を開放するために包丁を使おうとする、腐敗した蝦蟇膏を鏃に塗ってわたしの生命に突き刺す、これは戦争なんだと言い放つテレビのキャスター鼻先に一つの吹き出物がある。

曇りガラスに書かれて自然と消えた詩はケータイのカメラに映っていた。

忘れないよと、醤油ダレを垂らしながら豚肉を頬張るお前、わたしは付け合わせのトマト、今お前がフォークで指して台無しにした、張り裂けんばかりの赤いトマト、深緑の蔕はまだ枯れることを知らず繋がっていたかったのだが、人差し指の綺麗に研がれた爪先で抉られて、あっけなくとられてしまった。変革するしかない、空間をねじ曲げずに肉体を、生命を、カラーコンタクトレンズではなくて、美容整形でもなくて、死でもなくて、率直にいえば性転換、ロボトミー、洗脳、そんな理性的な話でもなくて、もっと野蛮な言語による世界、呟いた言葉がすべてフライドチキンとなって消化されて、だらだらした論文を詩句として再構成してミネラル摂取して、血液検査の結果で喉を潤すようなこと、風船を破裂させることで鳩を生みだして愛する女に捧げること、それは赤い薔薇でもチューリップにしておくべきで、楽しい思い出よりも喜びに満ちた日々でなければダメだと記しておこう。帰り道に自販機から笑い声がして驚いた、それを笑うのは塀の向こうで夜更かしをして襖の隙間へ消えて行った幼児と、その残された笑い声を真似する鸚鵡だけ。
     
政治学者に笑われて「不可」を付けられた詩は街角の壁に落書きされていた。

続かないだろう、象の足跡も馬のいななく声も鴎の羽ばたきも、海は蒸発しきっても魚は泳ぐかもしれない、例えばお前の膨らみきった耳の穴で。しかし空気が散逸してしまったら雲は死者に手向ける薔薇に還り、天は噴火の勢いで跳ねあがった赤黒く輝く岩石に結晶してしまう。今朝の新聞紙で宣告されたわたしの皮膚癌、その時から明後日は一昨日より遙か昔になってしまい、生き残った感情はノスタルジーだけとなってしまった。モンタージュが白く焼け爛れて、原子爆弾が落下する瞬間が眼の前で延々と続く、黒い雨が降ってから、わたしは形象を手に入れられた。宵に点火された夢は夜明け前には爆発し、唇は震えながら何を伝えようとしているのか、お前は読み取ってくれるだろうか、その炯眼で、とこしえに終わる事のない百の都市計画を暴露したお前は、許されている、ガラス張りのビルに注射をすることを、さあ薬剤を打ちこむがいい、血を抜き取るがいい。書類についた紫色のインクの臭い、キスをした時お前の舌先からも強く臭っていた。わたしは一方、鉄屑、アルミ屑、金属片を万華鏡に入れておいて時折覗き、揃う時を待つことしかできない、だからとにかくわたしは空き缶を拾っていよう。


自由詩 消されてしまった詩は舌の裏に隠されていた Copyright すみたに 2012-11-11 15:04:11
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