おもてなし
HAL
パリのオペラ座のすぐ横のキャフェ
ぼくが好んで座った席の
もうギャルソンと呼んではいけないムッシュは
ドラキュラ伯爵で有名なクリストファー・リー氏
そっくりのパリジャンだった
でも笑った顔を見たことがなかったので
ムッシュに牙がついていたかは不明だった
14日間のパリ滞在の間に何度もそのキャフェに通い
ムッシュの担当する席を選んで座ったので
ムッシュもぼくの顔を覚えてくれた
そのキャフェで例の如く一服してると
突然ムッシュがやって来て
ぼくの席より少し離れた席の日本の5人のおばちゃん達を目で差し
『注文がさっぱり分からない。通訳して貰えないだろうか?』と言った
ぼくは立ち上がりおばちゃん達が何を注文したいかを訊ねた
ココアだったのでぼくは席に戻りムッシュに
『Cinq Chocolat chaud s'il vous plait』と
ムッシュに告げたらムッシュは頷き
『Merci Monsieur』と言い席を離れる瞬間
ぼくの小さな皿に置いてあったLa Note(勘定書)を掴み
勘定は終わっていることを示す皿を裏返しにした
ぼくはアッと思ったが『今度来た時にチップを多めに渡そう』と想い
煙草を一本吸って席を立ちムッシュに向って
『Merci beaucoup』と告げ席を立った
ムッシュはその返事を笑顔で返してくれた時
やっとムッシュには牙のないことが分かった
そうムッシュはドラキュラ伯爵ではなかった
そう外国を訪れるとき旅するひとは多くのおもてなしのこころによって
だれもがその国のだれかの親切や何気ないやさしさで善い想い出として残る