いまだにどしゃ降りみたいな夜
ホロウ・シカエルボク




雨など降っていないのに
どしゃ降りみたいな夜だ
冷えた心が苛立って
手元に割れた息を吐く
あなたの心まで
届くはずだったベル
今は部屋の隅で
小さくなって転がっている
いくつもの言葉を吐き出して
それが、全部
無駄うちのようなものだと思ってた時間
本当に飛ばしたいことは
ポケットの中でなくなってしまっていた
それは探すこともきっとかなわないものなのだ
郵便配達人みたいな足音で真夜中に誰かが訪ねてくる
ノックされるドアを開けようという気持ちにはならない
飲んだくれてくしゃくしゃに座っている
ロック・シンガーがラジオでシャウトしている
ロックンロールなんてただの
モノラルの小さなボックスに過ぎない
器用な子供にだって作れるようなものじゃないか
厚切りのバームクーヘンの模様をたっぷり一時間は眺めたあとで
包装をといて口に含んだら
いつの間にか裏側に隠れていた
小さな虫の頭を一緒に齧ってしまった
味も感じないほど小さな虫だったので
そのまま咀嚼して飲み込んでしまった
この世に生まれ無駄に死んでゆく小さな虫など数あれど
バームクーヘンと一緒に齧られた虫なんてきっとこいつぐらいだ
おまけに味なんかまるでしないときてる
仮に郵便配達人と名付けられたドアの外の男は
まだそれを開けてもらうことを諦めてはいない
バームクーヘンはあっという間になくなってしまう
一晩のおやつにするにはちょっと
もったいないくらいの値段だったのに
首のない虫の死骸だけが転がっていて
そいつは死骸のくせに血のひとつも流しはしないのだ
降ってもいない雨が肉体を透過してゆく気がする
降ってもいない雨に晒される幽霊になる
バームクーヘンもまだ消化されてはいないのに
インスタントのコーヒーの苦味は
真夜中にだけ聞こえる冷蔵庫のノイズみたいだ
仮に郵便配達人と名付けられた男は長いことノックし続けていたが
やがて諦めたみたいで足跡が遠ざかっていった
もしかしたらバームクーヘンをひと切れ分けてもらいたかっただけなのかもしれない
仮にそうだったとしても分けてやったりはしないけど
だって一晩のおやつにはもったいないくらいの値段だったんだぜ
ラジオの電池が切れてしまうと
ロック・シンガーは正しく消滅する
とっても寂しかったけれどそれでよかった
だっていつまでもなにかに頼ることなんて出来はしないから
一人で眠ることができれば
人生はだいたい成功してるとしたものさ
眠るために
音楽やテレビをつけっぱなしにするような真似なんかもうしない
一人っきりの人間は一人で眠ることを誇れなければ
だけど降ってもいない雨は未だ振り続けて
針金を入れられたみたいに心は固くなる
力をいっぱい込めれば
少し曲げることは出来るのだけれど
雨の軌跡が身体の内側にいろいろな模様をつくり
そいつらはまるで泣いているみたいな痛みをがなり立てた
煩くて仕方がなくて今夜はとても眠れないと思った
そんなことははじめから分かっていたのかもしれない
分かっていないふりをしていれば
何かが変わるのだと思っていただけかも
くだらないものを詰め込みすぎた胃袋がぐにゃぐにゃと喘いで
仰向けにぶっ倒れたら身体に降り込んだ雨粒がこぼれた
それでもちょっと羽振りのいい時に買った低反発のマットは少しも汚れたりしなかった
それが
今夜起こった出来事の中では一番完璧な出来事だったんだ
雨など降っていないのに
いまだにどしゃ降りみたいな夜なんだ





自由詩 いまだにどしゃ降りみたいな夜 Copyright ホロウ・シカエルボク 2012-11-02 23:59:06
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