事件とウイスキー
sample

B・A・N・!
銃口からアルファベットが
弾けて、飛んだ。
はためく万国旗のあいだを突き抜けて
BとNは、きれぎれの雲、そのすきまに挟まり
Aは鋭い先端で、空を直進していた一羽の鳥を
グラウンドへ真っ逆さまに落としてしまった。
撃ち抜かれ、体にまとった羽が
ちりぢりになってゆく姿は
まるで不眠症のモンスターに
溺愛された、フカフカの枕が
夢の中で強く抱き絞められて
破裂してしまったみたいだった。

運動会の朝は早い。
体操着の半ズボンから覗く
太ももは空気の冷たさに張り裂けそうだ。
星条旗よ永遠なれ、の音楽に合わせ
僕らは行進する。
僕らの完璧な隊列。完璧なリズム。
僕らの緊張感はすでに最高潮だ。
そう、どれもこれも厳しい練習の賜物だった。
母親たちは手をふりながら
ムービーカメラからは、絶対に目を離さない。
カメラの標準が、僕らへ合わせられる。
僕らはそうやって記録されてゆく。
獲物は、たぶん僕らの
がんばる姿だったり
友だちを応援する姿だったり
泣いたり、悔しがったりする
つまり、幼さと純粋さだったりするんだろう。
だからこそ、昨日の晩ごはんは
僕の大好きな唐揚げだったりしたんだろう。

「今日はみんなの晴れ舞台です。」
開会式。赤ら顔の校長先生は言った。
「今日は勝っても負けても
 みんなで最後はウイスキーです。
(校長、ウイスキーって何ですか?)
『う・い・す・き・い。』そう言ってごらんなさい。
 みんな、すてきな笑顔になるから。
 これがいちばんの、笑顔の作り方ですよ。」
だれかが笑った。
つられてみんなも笑った。
でも、僕だけはなんだか、腹の底から憎たらしくて
もしも、最後のリレーで一等賞獲ったら
あの頭、ピストルで撃ち抜いてやろうぜ。
って、言いながら僕の中のモンスターが笑った。
だから僕も笑った。ふたりでいっしょに。
「ういすきぃ」って。


自由詩 事件とウイスキー Copyright sample 2012-10-26 00:31:01
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