「蕎麦っ食い」
山人


暖簾をくぐり、席に着く。
「もり大盛り」
静かに言う。
店員が厚手の湯飲みをことりと置く。
その半分を飲んでいるうちに蕎麦が運ばれてくる。
どんな蕎麦がくるのだろうか、初めて会う人を待つような心地よい緊張がある。
「お待ちどうさまでした」
いやそれほど待ってはいない。
四角いせいろの竹すの上に、細く少し透明感のある蕎麦がぷるぷると震え、体を晒している。
厳かである。
汁徳利から猪口に黒っぽい琥珀色の液体を注ぐ。
カツオの強い風味と、その周辺をおだやかに昆布の香りが満ち引きし、心地よい。
割り箸で適度に蕎麦をすくい、猪口に半分ほど沈み込ませる。
勝負の時だ、ゴングが鳴らされる。
この時に勢い良く蕎麦は啜られていることが戦いのルールとなる。
啜られて口中に侵入した蕎麦と汁は互いに対面し、口中の唾液に挨拶する。
汁のコクと香りが鼻腔を埋め、脳が可か不可かの取りあえずの判断を下す。
総合格闘技で言うならば、組み合った時の相手の強さと言うかそんなものを感じる瞬間でもある。
「うむ、強い」
そう感じ、次に麺を噛むという行為に突入してゆく。
まだ口中には汁の風味が残り、しかもそこに今度は麺の香りが突入し、さらに食感が・・・。
歯を立てるとプツンと切れてはいけない、ある程度の弾力を歯が感じ、そして断腸の思いで麺の断面が千切られてゆく、コシである。
このがっぷり四つ感が、最後まで戦いを続けさせ、残った屑のような麺を箸で丁寧にこそぎ、口へ促すのである。
この壮絶なバトルが終わったあとの清々しさは、まさにスポーツマンシップであり、出された蕎麦と私との間に友情が生まれるのだ。
その戦いを振り返る如くの所作が、湯桶に入った蕎麦湯を飲むことである。
相手の力量を賛辞するべく汁の味をも確かめ、そして麺から溶け出したエキスの蕎麦湯を楽しむのである。
暖簾を出て腹を叩く。
あらためていい戦いだった・・・と、しみじみ蕎麦バトルを振り返るのである。


自由詩 「蕎麦っ食い」 Copyright 山人 2012-10-24 16:16:28
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