あるミーハーの独白
汰介

僕は、古新聞を湿らせた匂いのような陰鬱な曇った早朝、
じりじりと迫る、悶えの空気圧に堪えながら、その日初めての煙草を吸った。
「今日は雨が降るな」
ぼんやりとそう思った事に限って当たった試しは、いつも無かったが、
その当たらない予感は、僕を十分に苦しめた。
実際には体験していない筈の、しかし確かな記憶。
それは、生々しく気味の悪い甘さを僕に感じさせるのだった。
そして、顕微鏡に使う板ガラスに貼り付けられたような、暗い密かな囁き。
それは、救いの無い懐かしさで、存在しない過去へ吸引しようとするのだった。
それが、ゆっくりとした速度で粘液に塗れながら僕を締め上げようとした所で、
僕に何の関係があろう。
僕は陰険な眼差しでそれに虫眼鏡で太陽の光を集めるような視線で、
じゅうじゅうとろけて、死滅して行く様を見るのが観念上好きだった。
――本当はどうでも良かった。
脂肪に塗れ膨張した水は、傷付いていて不満なのだ。
ならばよく振り、良い具合に混ざったのを
緑黄色豊かなサラダにかけて、食っちまえば良い。
そうすれば、窓辺に映る孤独な影が二回くしゃみをするのを見るはずだ。
――そう、もう僕は随分おかしな場所に来ているのだ。
生々しい甘味料を舐め過ぎて、一種独特の虫歯になっている君と僕が、
口付けをした所で、その実君は、君の作った僕の人形を僕にぐいぐいと押し付けてくれるものだから、動き難くって仕様がない、そんなものがらくただなんて、まあそれは、お互い様か。
ねえ、僕はだらしが無い、と同時に同じだけ冷酷だ。
こんなありきたりな言い方にぺっ、と唾を吐きかけようが、僕の知った事じゃあないんだ。
そしてその隙にもっと薄い板ガラスを、
君の人形の柔らかい肉の細胞と細胞の間にそっと忍び込ませ、
そこに書かれた言葉が発芽してその経過を夢想する事、
――それが予想した以上に想定した通りだった時、
一人不意打ちでほくそえむのを何よりの楽しみにしている、
そんな人形同士の恋なのだと思う。
それは影を言葉で引き寄せて、その曖昧な輪郭を、湿り気を、体温を、
ひんやりとした空気中の母胎の中で育てているのかも知れない。
そこに愛は無いかも知れないが、愛と言う言葉はあるんだ。
それは、筋肉を僅かに痙攣させるだけの力はあるのかも知れない。それで十分だ。
人形なのだから。甘えたがりで臍の緒も切れてはいないけど。
でも直に、自然と切れるよ。砂漠の砂が風紋をつくるように自然にね。
さあ今日も、僕は出かける事にするよ。


自由詩 あるミーハーの独白 Copyright 汰介 2004-12-16 18:08:33
notebook Home 戻る  過去 未来