ホスピタル・サーキット
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きのう、ぼくは
この病棟に引越してきた。
これまでに、数えきれないほど
市内の病院を転々としてきたけれど
そのなかでも、ここがいちばん
大きな病院なんだと、お母さんは言った。

いろんな先生に会いに行ったし
いろんなお話もした。
そのたびに大きな手でお腹を触られたり
ぼくの目のなかをじろじろ覗いたりした。
そうして、ノートにぼくには読めない
外国の言葉を書いていった。
きっと、ぼくのことを書いているのだ。
ぼくの知らない、ぼくのこと。

いつか、お父さんがお土産にと買って来てくれた
ドイツの絵本にも、こんな風に
知らない文字が書いてあったな。
なにが書いてあるかなんて解らないけれど
影が人間のようにしゃべったり
けんかしたり、仲直りしておどったり
たぶん、そんなお話だったと思う。

「きのうはどんな夢を見たんだい?」

「たいようの光がまぶしくて、ほんとうは目も開けられないほどなんだけど
 ふしぎと、目が痛くならなくて、面白いから、ずっと、たいようを見てた。」

「たいようは、どんな色をしてたの?」

「黒かった。だけど、まわりが白くて、そこを、たくさんの星が
 ものすごい速さでぐるぐる回っていたよ。回るたびに光が削れて
 どんどん光のかけらが落っこちてきているみたいだった。」

「こわかった?」

「ううん。」

みんなはおじさんのことを、先生、と呼ぶ。
学校の先生は、ぼくの目なんか
覘き込んだりしないのに
どうして、この先生はそんなこと、するのだろう。
ぼくに質問ばっかりして
ぼくのからだをじろじろながめて
観察しているだけだ。

ぼくは、そんなとき
とても嫌な気持ちになって
お母さんの顔を見たりする。
「どうしたの?」って笑いながら
声をかけてくれるけど
ぼくはいつも、なんにも言えず
首をよこに振るだけしかできない。
ぼくは、気を紛らわすために
部屋のすみに置かれた小さなテーブルの上にある
赤い、スポーツカーのプラモデルを見つめる。
かっこいいな。あれに、触れてみたいな。

やっと、ぼくの観察のじかんがおわって
お母さんと先生が、ぼくの、からだのことを
お話したあと、ぼくはじぶんのベッドがある部屋にもどった。
前までは、おともだちがいたのに、この部屋は、ぼく専用らしい。
これからは、すきな本を読んでもいいし
すきなテレビも見ていいと、先生は言った。
お母さんも、これからはたくさんそばにいてくれると
約束してくれた。

すこし、ベッドに横になって
二階の窓から外をながめている。
すぐ下には、大きな噴水があって
水が反射して、きらきら光っている。
昼の十二時になると、噴水の水が、いままでより力強く
いままでより、ずっと高く、空に飛びあがった。
まるで、大きな鳥が羽をひろげて
海の中に潜って行ったみたいだった。

噴水からこぼれた水が周りの地面を黒く濡らした。
深くて濃い影が、そこに置き忘れられたみたいだった。
ぼくは、そこをずっとみつめていた。
すると、影が、コンクリートに焼かれて
あつい、あつい、としゃべりだし
地面からめくれて、あるきだした。
おなじようにもう一人の影が立ち上がり
ふたりの影が、おいかけっこを始めた。
噴水の周りをぐるぐる、ぐるぐるとかけ回り
ぼくは、それを応援していたのだけれど
お母さんは、たいようがまぶしいね、って
カーテンを、閉めたんだ。


自由詩 ホスピタル・サーキット Copyright sample 2012-10-20 11:05:36
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