狂犬
島中 充

小学1年の時だったと思う。近所の2歳年上の女の子と喧嘩をした。理由は忘れた。すぐに忘れてしまうような些細なことだったのだろう。女の子は引っ掻くのが得意であった。わたしより体はずっと大きかった。私は相手の体におもいきりしがみついた。もみあった。さわぎを聞きつけて彼女のお母さんがやって来て、あわてて二人の間に手を差し入れてきた。私は女の子の助太刀が来たと思った。差し込んできた手首と肘を両手で掴み、とうもろこしを丸かじりするように噛んだ。オトナが悲鳴を上げた。
 その夜、そのお母さんが怒鳴り込んで来た。丸い歯型の付いた腕を見せながら、母に「おたくの狂犬にやられた、あの子をどうにかしなさいよ.」と言った。
私はついに犬におとしめられ、近所の子供たちから、恭二のキョウは狂犬のキョウと囃された。
 青春時代、学生運動のさなか、「太った豚になるより、飢えた狼になれ。」と言う言葉をわたしは好んだ。
しかし、事実は、路上で牙を剥く野良犬にさえ成れなかった。


自由詩 狂犬 Copyright 島中 充 2012-10-18 23:48:47
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