耳なし芳一
乾 加津也
1
耳なし芳一
壇ノ浦に座す
撥は海風
火の肌をなぜる
赤い藻屑と沈んだままの(旗たち切れの)
悔いの嵐の そのなかの
2
めくらの芳一 どこへゆく
雨滝のよう 夜闇のよう
まぶた裏にともす月影
草履に血豆が痛かろう
いのち片割れ さびしかろう
3
純心(うぶ)の芳一 安んじよ
床にも琴線漲らせ
識蘊に沿って般若心経を唱え
よもや喉より声うますなよ
交わりの気すらおこすなよ
4
琵琶の芳一 どこにおる
殿の御成ぞ語りの仕舞いを 飾れ 翳せ
現も小乗 弦も扇も入寂のきざはし
そそりたちの音(ね)今宵こそは
狂乱ともどもつんざいておくれ
5
出水の芳一 やや 耳のみか
御霊につづく穴ふたつ
因果のことわり聞きわける業か
串つき刺して献上なるか
平家今生のあかしにもなるか
6
耳なし芳一 世々語りやれ
亡者もむせぶ物語 栄枯盛衰伏し伸びる脇立
潮(みちひき)の あるたけをただし
挙句に寄りても 己がまことに
時点(いま)をおれ