砂の民
そらの珊瑚

これまでも
世界の秩序が狂ったことはあった

その結果
それまで うまく棲み分けられていた人々がまじわることで
多くの不都合が生まれたのだった

紙の民の一人であるミス ドリアンは気象の記録者であった
いつもは秋になるときまって大きな台風がやってきて
それらにジェーンだのマリアンだのと名前を書き記すのが主な仕事だった
「今年は何か様子がおかしい」
南方で生まれた台風うずの赤ちゃんはうまく育つことなく
消えてしまうか
いきなりその進路を変えてここへはたどりつかなかった

「何かのバランスがおかしい」
台風の被害は憂えるものだが(何しろ紙の民であるので水は大敵なのである)
世界の秩序が狂うことの方が大きな問題である

「杞憂で終わればいいのだけれど」
しかしミス ドリアンの直感は当たってしまった

最初に異変に気づいたのは紙の民の長老J.Wであった
かつて彼はバラモンの司祭であった。
(その頃紙の民は徹底した身分制度の上に成り立っていた。そしてその制度をなくしたの が何を隠そう、J.Wであった)
夜、ページを閉じてそっと身体を本棚に立てかけると、小さいけれど確かな違和感があった
じゃり……
しかし気のせいかと思いそのまま朝まで眠ってしまった
朝起きて昨日の続きを読もうと、挟んでおいた栞を開いたのだが(それは愛用の瑠璃鳥の柔らかな羽であったのだ)一晩で石のように変わり果てていた

「なんてことだ」
J.Wは、ぼうぼうに伸びた白い眉毛にほぼ隠れている両の眼を見開いて驚き、そして昨晩の違和感を思い出した

「砂だ、砂の民がやってくる」

昨日の違和感の正体はひとつぶの砂であった
紙の間に器用に入り込んだ砂は、ぴたりと合わされているはずの紙とその次の紙の間で空気を産み、夜の間に瑠璃鳥の羽を酸化させてしまったのだろう

「なんとかせねばならん」

古い書物によれば、かつて砂の襲撃を受けた歴史が確かにあり
戦争の末(穏やかな紙の民にも、紙刃という武器がある)
砂の民は一粒では無力であるが、集結することによって力を発揮する
紙の民の半数が地中深く埋められてしまった
今は砂の民に融合してサンドペーパーとなり世界を磨く仕事をしているときく

砂の民は砂丘という王国を拠り所にして、風の力を借り世界中をさまよっているのだった

砂の民に悪意があるわけではない
そういうふうに生まれついた民なのだ
彼らは襲撃ではない
融合だと主張するだろう

しかし無益な争いは避けなければならぬ
ふたつの真実が存在するということはいつの日か悲劇を産む

J.Wはミス ドリアンに頼んで、強い偏西風の起こる岬を探してもらう
その風に乗り、砂丘にたどりつき、望んで砂に埋もれた

砂の民は知っていた
その一冊の本の価値を
価値というものは腐敗もし 熟成もする
綴じ紐をほどかれた本は解体され 一枚の紙に戻る
黒いインクはやがて蒸発し
砂とともに 新たな価値が付加されてゆくのだ
砂の民は こぞってそれは素晴らしいサンドペーパーになるであろうと確信し、それで納得し 進路を変えた

この世に磨き足りないところはまだまだある
それが砂の民のいいぶんだった

翌日はすばらしく晴れて、3.0の視力を持つミス ドリアンによっても雲ひとつさえみつからないであろうと思われる青い 青い空だった

実はそれはサンドぺーパーたちの仕事の成果だったのだが
それを知るものは少ない
そしてまた、ミス ドリアン以外にJ.Wの消息を知るものはなかった
彼女は自分の恋人ミスター レジェンドの分厚い本の1ページに書き記してはどうかと提案したが、それはJ.Wによって拒否された

J.Wはそうする方が良いと思ったのだ


一粒の砂の軽さを想う
一枚の紙の軽さを想うように
荒涼たる砂丘の重さを想う
果てしなく積み上げられた本の重さを思うように
それは私の重さを軽々と超えていく

ふたたび世界の秩序が取り戻されていった






自由詩 砂の民 Copyright そらの珊瑚 2012-10-01 08:28:21
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