台風のこと
はるな


台風という言葉はわたしをなつかしい気持ちにさせる。と思って、でも、よくよく考えたら、わたしは非常に多くの言葉になつかしい気持ちにさせられる。たとえば読書、と聞いても、小学生の休み時間のほとんどを過ごした四角くて窮屈な図書室を思い出し懐かしいし、あるいはパラレル、などと聞いても幼いころ見たアニメの色彩を思い起こして懐かしくなる。もうそのアニメの名前は忘れてしまったけど、たしかパズルを買ってもらった。まだ厳しかった母が、パズルを並べ終えるたびにぱちぱち手を叩いてやるじゃないと言ってくれるので何度でも崩しては並べた。じきに母は喜ばなくなったがそのパズルは捨てられなかった。今でも実家にあるはずだ。

それにしても、台風。なつかしいというのは、わたしにとってさみしいとか悲しいことともよく似ているのだけど、台風。
小学生のころ、帰りの会で「あしたはけいほうが出れば休校です」などと言われてわくわくして帰り、天気予報図で悪魔のような渦を確認して寝て起きれば、しかし、いつも台風は過ぎ去ったあとだった。あのきれいになった空。からりとして、こころがみょうに落ち着く気持がしたんだった。

なんでさみしかったんだろう、というのは、たぶん、寝ているあいだにことが終ってしまっていたからなんだろう。何か自分だけ取り残されたような気持にさせられる。
よく眠る子どもだったから、そんなことが幾度もあった。起きていられなかったのだ。
誕生日会とか、お泊り会とか、夏休みに夜通しやっているテレビ番組を見るのとか、いちばん先に眠ってしまって、いちばん最後に起きた。物事はいつの間にか終わっていて、いつの間にかまたはじまっていて、いつも何もかも半分眠ったような気持ちのままずりおちながら過ごしていた。すべてのことがよくわからなくて、わかりたいのに、わからなかった。

それで、台風。
見はっていよう、と意気込んでみると、隣で夫がすうすうと寝ている。
台風見ないの、と聞くと、寝なさい、と言う。寝なさい、明日になれば元通りだから。と。そうして言われるがままに眠ってしまい、朝起きて、台風の過ぎ去った一日を、夫と同じところからはじめる。



散文(批評随筆小説等) 台風のこと Copyright はるな 2012-09-25 03:24:00
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