郷愁
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春へ
迷いこんだ赤とんぼに
音信を宛てる
なんとなく
くち淋しくて
見知らぬ子どもの
懐かしい
薄荷の味する
はなうたをぬすむ
ぐらつく
奥歯のように
母音を舌で
ころがしていると
しっぺ返しに
ひどく疼いた口内炎
頬をおさえて
手放した、はなうたは
母親の手に、拾われて
抱き上げた
子どもに恵む
子守唄へと
移ろいで行った

送電線に
からまった西日
明るいうちに
割愛された句読点が
砂場で灰になり
夜泣きしている
木陰はえんぴつのように
とがりつづけて
突端が軌条に
現在時刻を書き連ねる
北上する、夜行列車
車窓から
火の、手に
包まれた鳥たちが逃亡し
越境をあきらめた
羽根を焦がして
運河へ身を、投じて行く

燃えのこりが
舞い散る川端
水をなめる老犬は
落命を嗅ぎつける
緑青する、前肢
追憶に敷きつめられた
楓の葉を掻く、後肢
(すでに、私の尾は
 軸の折れた、筆、でしかない、のか。)
老犬は
焼けつくような爪の渇きに
牙を剥き、鉄橋を駆ける
鼻の位置を
一等、高くして
嗅覚の奥、微かに残る
薄荷の匂いと
幼い声紋を、頼りに

水面の
熟れた光が射し
老犬の目に
桑の実が赤く、色づく
心音が
ひとつ鳴るたびに
投函される
一通の、手紙
明白になる
あの、はなうた


自由詩 郷愁 Copyright sample 2012-09-05 22:41:45
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