夜を溶かした数だけ抒情は真実味を増す
青土よし



◆ 果たされないまま思い出になろうとしている幾つかの時間を夢に見る。


黒い鳩がこちらを睨みつけており、私はそれから逃れるために海辺の街へ向かうことに決めた。
乗り込んだバスに無かったものは、窓と、コップと、テレビのリモコン。
うしろから二番目の座席に白い猫が座っている。
白い猫は、まるでそこに窓があるかの様に壁の方に顔を傾げて、後方へ流れていく景色を追うかの様に目線を動かしている。
ファ#が鳴れば、海辺の街に着いた合図だ。
私の前には白い麻のシャツを着た青年が立っている。
その青年が先程の白い猫である事くらいは私にでも分かった。
私たちは海のブランコを目指さなければならないので、早速、両脇を白い建物が並ぶ石畳の路地(それはありがちな風景だった)を進んだ。
二人分の足音が響き、その隙間には波の音がきこえた。
讃美歌のおわりに白いブランコがあった。
ブランコの周りにはいろんな種類の虫が群がっていた。
白い青年はもう何年もむかしに居なくなっていた。
飛び込んだ海に無かったものは、月と、朝と、あらゆる生命の息吹。
夜が海を溶かそうとしているので、私はそれから逃れるために夕凪の中を走った。
虫けらたちは夜の暗い境界線へ勢いよくはばたきだした。


自由詩 夜を溶かした数だけ抒情は真実味を増す Copyright 青土よし 2012-09-04 05:55:48
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