需要供給間
salco

一部内容に猟奇的な表現があります
不慣れな方はお読みにならない事をお勧め致します

序章 ― 既視との遭遇 ―

尿意を催し真夜中
廊下の電気を点けた時
玄関の暗がりに一瞬、顔が浮かんだ
それが
屁島瘤男へじまこぶおがジララ・テオーニを見た最初である
ウニのおばけかと紛い
ハレーションと思いなし
後で考えると
秋葉原で売っていたスリップノットのお面
クレイグに近い

瘤男はここ3年ほど
自室に絵里菜を置いている
税込58万3千円 クレジット24回払い
寝かせたり座らせたり
関節を動かしてポーズを与えたり
脱がせたり着せ替えたり
べたつくシリコンの肌を丁重に水拭きし
パウダーを刷いてやり
髪にも変化をつけて癒されて来た
自慰を相手させたことは1度もない
その愛くるしさを崇める余りにではなく
耐久性の懸念や無機質への厭悪でもなく
問題は対象に炙り出される位相だった

身の裡に意思を有する女が世界の半数を占める以上
意思を持たぬ人形での性交に交接の意味はない
合意があれ強姦であれ
相手には意思と感覚がなければならない
オナニーは自己完結の射精プロセスであるから
主体の投影は女性「想念」に置かれる
それは人体を摸したシリコンの「形状」でも
オナホールを挿し込む「穴」でもない筈だった

およそ性倒錯の中でも最低に位置づけられ
戦略と蘢絡を対象の無知と無力に恃み
卑劣漢と憎まれるペドより下位の
疎通と葛藤のことごとくに敗北し
人間のカスと蔑まれるネクロですら
征服ターゲットを人間とする
それなら合成化合物の性愛を欲する時
自分は人間ですらないのではないか

スリップノット SlipKnoT … アメリカのロックバンド


第1章 ― ジララのファンタジー ―

しかしある夜
ジララ・テオーニは寝室にまで顔を出すと
幻でも人形でもないとまず断った上で
わたしはソフトビニール人である、と自己解説し始めた

ただしここの星人に製造されたのではなく
然るべき反応条件が整った遠隔の惑星で
有機化合物クロロエチレンが生成し
独自に重合した高分子構造体ポリ塩化ビニール
言うなれば類人類である
脳なる臓器は持たないが、回路を有する
あいにく
活動電位も2進法もお前達の専売特許ではないからな

だが移動手段のソフトビニール円盤を
目につかぬよう荒川の中洲に駐機して置いたところ
先のゲリラ豪雨でまたたく間に冠水、逸失した
従って
ジララの誰かしらが自分の長期不在をいぶかるに至り
迎えを寄こしてくれるまでの間
この惑星の異体で慰まざるを得ない事態である
ついてはお前に調達を頼みたい
見返りにそいつの実体を抜き取って
お前の模型に移植してやろう


第2章 ― テオーニのアフィニティー ―

異臭の通報で巡査が訪ねた時
屁島瘤男は
風呂場で首なしの死体を解体中だった
宇宙人に命じられての事と言う

体躯を持たぬジララ星人曰く
PVCは造形と表情が命であるから
欲求の行使に頭部をしか要さない
ところがお前達は首から下が現実の生活機関であり
欲望の実践は行動と表現を以てするのであるからして
認識と想念の無限循環濾過槽かつ生命維持の司令塔たる頭と
体幹との切断面に浮上するところの実在単子ターミナル
いわゆるタマシイをつまみ出し
お前の人形に施してやったわけだ

一方で
可塑性を持たぬ有機生命体の
流動的で不安定な細胞組織に死が発生すると
わたしに役立った後はこのように傷んで行く
次に意を催した時には
分解が進んでいて役立たないであろう
お前のガールフレンドがめでたく実体を得
お前が心身ともに満ち足りているとしても
別の雌性体を用立てる必要がある

毎晩テオーニが来て言いつのる
瘤男は安眠を妨げられ
彼女との生活にも支障を来すようになったので
仕方なくここ数週間
宇宙人用の雌性を物色したのだと申し開く
そして居間のソファに座すラヴドールを同居人と紹介し
続々の捜査員であふれ返る中
ワッパがかかるまで人形の手を取り
離別の涙にむせんだ


第3章 ― 屁島の理路整然 ―

被害者は2名
頭部はポリ袋に入れられ
ベランダの室外機の上に置かれ
古い方は蓋つきポリバケツから発見された

解体中の遺体は住所不定、無職19歳
最初は終電帰りを狙ってみた
だが人通りが絶えても住宅街には耳目がある
引きずり込んでも公園にはヤンキーや
ホームレスがとぐろを巻いているかも知れない
デリ、出会い系は足がつく
もうリスクは冒せないし、その価値もない
奴にはヨゴレでいい
それで思いついた
ケータイや防犯カメラの追跡力は
帰属性の希薄な人間ではタイムラグが生じる

繁華街のネカフェをねぐらに
援交や体験入店なんかで繋いでいる女ども
長身は論外/制圧できない恐れがある
小太りやデカパイも却下/皮下脂肪は始末が悪い

目ヂカラ盛りのブスは
 母親いるけど。うん、泊まる分には。
安堵して
 えー?マザコンじゃないよ。
安物キャリーをガラガラ曳いて
 昔はうるさかったな。そーそー。
価値があるとでも信じるのか
 でも客には言わないよ。働いてるし。
意気揚々と来歴を吐いている

3重の布団圧縮袋に密閉された腐乱遺体は看護師、22歳
無断欠勤当日に失踪が知れ、捜索願が出ていた
去年、急性胆嚢炎で入院した病院に勤務しており
鼻も団子で太足だが
純朴で控え目なところが印象的だった
術後外来に出向いた際も挨拶を交わしている
まだいる保証はなかったが
明朗闊達のステレオタイプと違い
転職を考えるほどの手だれではなかったし
病棟の変則2交代勤務は把握していた

夜8時の中勤あがりを幾度か外した後
偶然を装い呼び止めて駅前の居酒屋に誘う
隙を作って鎮静剤をビールに混入
介抱を装い時間貸し駐車場の車に誘導
ナンバープレートには赤外線反射塗料
缶ジュースの降圧剤は実家でくすねた
自宅に連れ込み居間で絞殺
脱衣所から風呂場にかけブルーシートを広げ
包丁と鋸でまず頭部を切断
翌朝までに胴体と四肢を解体
出勤時間が迫ったのでバスタブでシャワーを浴び
帰宅後に体腔の内臓を小分け
冷凍室に入りきらない分は冷蔵
1週間かけ順次ミキサーで粉砕
トイレに流した
証拠隠滅うんぬんより、血液と内臓はすぐ腐る
実際問題、汚くて下水しか思いつかなかった


第4章 ― 瘤男のリアリティー ―

屁島瘤男は
欲しかったリアルはナースでなく
大学サークルの後輩なのだと供述した
可愛い顔でカードマジックの素質もあったのに
梅雨時にやめてしまった
ハイキング同好会に鞍替えしたのだ
学食で教養学部のペラい野郎といちゃついていた
功利的な正体には失望させられたが
忘れた頃には初期イメージへ純化されていた

例えば、アニメの世界と違い
可愛「げ」が清楚なのはいくらでもいて
容姿の内実、実質が清潔なのはそうそういない
 このパラレルはおかしいでしょう刑事さん
 仮想現実は現実世界の従属物なのに

あのコにかぶる性質が人形に化合された時
ヴィジュアルにも同質化が起きた
ケイ素の置換基ちかんきと反応したのだろう
だから恵梨果に改名したと解説し
その身をしきりと案じる
ジララ・テオーニはまだ地球におり
次は彼女が利用されるに違いない
押収品扱いでなく人身保護請求してくれとブタ箱で訴える

ジララ・テオーニ Zirala Teoni … rationalize



自由詩 需要供給間 Copyright salco 2012-08-24 00:17:01
notebook Home 戻る