夜のぬかるみの中で不十分な手入れの銃を構えている
ホロウ・シカエルボク




痺れを切らす午後が
薄皮を穴だらけにする
口の端にこびりついた
昼の餌の放つ臭気
洗面で洗い流して
あとかたもなく洗い流して


遮光カーテンの向こうで
目も合わさない今日が暮れていく
開幕ベルみたいに蝉は鳴き続けるが
今日の演目は白紙だって俺は知っている
少し身体を動かしてシャワーを浴びると
腰を下ろして音楽がどこかへ流れていくのを聞いている


郵便物が届いたかどうかポストを確かめに行ってもいいが
そろそろ同居人が帰ってくる頃だし
急ぎのなにかが届くような話はないから
仮に誰もそれに気付かなくても
仮に誰もそれに気付かなくても
役目もクソもなくただ蝉が声を張り上げる


街中を流れる川のよどみは暗く
葬列のような印象を残す
果てしなく空は晴れているのに
呪われているみたいな憂鬱が海に向かっている
昨日の雨も一昨日の雷も何も洗い流すことは出来なかった
せいぜい度を超えた酔っ払いの吐瀉物を一つ二つ排水溝へ連れて行ったくらい


日が暮れるころには気の早い野良犬がおこぼれを求めてうろつき始める
自分の手で何かを手に入れることをあいつらは知らない
なにもかも優しい誰かが分けてくれるものだと信じて疑わないのさ
見なよ、なにかを欲しがるとき、あいつらはみんなうつむいて歩いている
そして結果的に何も手に入れることが出来なかった夜なんかは
街外れの堤防に腰を下ろして不親切な世の中を呪うのだ


残飯をたらふく詰め込んだ夕飯を済ませて
俺はぼんやりして遮光カーテンを見つめている
仕事終わりの連中を運ぶ路面電車がひっきりなしに通り過ぎて
飼猫はそのたびに眠りから覚めて空気のうねりを聞く
大丈夫だ、あいつはおまえには何もしない、とときどき言ってやるけれど
飼猫はその言葉を絶対鵜呑みにしたりしない


天気予報は数時間おきに紆余曲折を繰り返して結局
明日は雨が降る心配はないというところに落ち着いた
だけど眠っている間に誰かの気が変わって
朝になったら閉じた傘のマークぐらいは太陽の隣に付け足されているかもしれない
降ったって晴れたってべつに構わないんだけど
なあ、降ったって晴れたって俺はべつに構わないんだけどさ


平日の夜だっていうのに昨夜はずいぶんあちこちで飲み会があったらしく
午前様を過ぎてから浮かれたやつらの声が表通りを騒がせていた
特別眠っていたわけでもないが俺はそのたびに寝床で寝返りを打って
やつらが今感じている幸せにいったいどれぐらいの価値があるのだろうかと考えていたものさ
今夜は昨夜に比べたら表通りは閑散としている
もう少し遅い時間になったらどうなるか分からないけど


いつぞやの眠りに比べたら最近は随分
いろんな夢が眠りの中を流れているような気がする
でっちあげられた日常の中に片端から飛び込んで
そしてすべて忘れている俺はときどき悪い病気でも抱えたみたいな気分になる
だけど目が覚めても苔のように脳味噌に貼りついてる感情がいくつかあって
それらはあえて言葉に変換しようとしたらたぶんそんなに気分のいいものにはなりはしない


明方の前にいつも得体の知れない鳥が鳴く
内臓を握りつぶしたときに出るみたいな声で鳴くんだ
そいつの声を聞くといつもああ一日がまたどこかへ流れていこうとしているなと思って
どういうわけだか分からないが俺はいつもなぜだか少しだけほっとする
そんなときに俺は自分の生身を感じるんだ
自分の生身が気持ちの奥底で求めているもののことを


この詩を書いているうちにいつのまにか
日付変更線を過ぎてしまっていた
日付変更線なんてものを意識しながら生きているやつがどれくらいいるのか知らないが
俺は日付変更線をまたぐときの、あの…
「生還した」とでも言えそうな気持ち
わりと


わりと好きなんだ




自由詩 夜のぬかるみの中で不十分な手入れの銃を構えている Copyright ホロウ・シカエルボク 2012-08-24 00:14:22
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