或る愛の話
済谷川蛍

 いつだってそうだった。いや、まだ生涯に2度目だが、3度も4度も変わらない。
 俺が30歳のときの夏。スマホの出会い系サイトで知り合った高校1年生に恋をした。よくある恋愛小説ならこれは幸せなカップルの物語か、美しい別れへの序曲だ。しかし主人公が俺なら、誰が考えたって破綻へのカウントダウンだ。ただ俺だけが、これから数日間、夢を見続けるのだ。
 醒めたほうがいい夢がある。特に俺の夢は全部そうだ。その子の写メはどんな絵画よりも真実らしく、どんな日常よりも美しかった。当然寝言である。いや、でも彼女は実際可愛らしかった。それは事実だ。
 清純そうな彼女は顔に似合わず、中学の頃からだいぶ同級生の男に遊ばれていた。どうも最近の中学生はネットの影響かだいぶHなことになっているらしい。由々しき問題とは別に思わない。日本がアメリカに近づいていくのを感じる。しかし俺はこの世で唯一の大事なものが汚されたような怒りを感じていた。
 俺は愛がどういうものか知っているつもりだったが、自分の愛が醜いものだとは知らなかった。いや、これで2度目なので忘れていたのかもしれない。夢はよく忘れてしまう。そして夢は夢であることに気付きにくい。夢の終わりはいつだって突然起こる。
 初めは彼女と楽しくチャットをしていた。2人の抱く感情や印象はまるで別物だったが。彼女のことをチャットで知っていった。部活や、喋りの癖、性についてのことも。
 あるとき、彼女が死にたいと呟くようになった。理由を聞くと前の彼氏に無視されていることを気に病んでいるという。恋煩いだ。俺自身彼女に対して同じ病気を患っているという奇妙な構図だった。話によると高校に入ってすぐ付き合い始め、3週間で喧嘩でもしたのか音信不通になり、そのまま病気を抱え込んだまま4カ月が経ったのだという。2週間ほど前、お互いの友人に頼んで彼氏の気持ちを聞いたが、結果はやはり別れたことになっているということだった。呆れてしまったのが、その共通の友人に「ずっと一緒にいる」と言われてつきあい、すぐにフラれたという。それに対する俺のチャットの返事「バカじゃね…」。
 彼女の可愛さが余計にイライラさせた。チャットを進行させながら姓名判断のサイトを開き、彼女の本名を入力して出た結果に思わず噴き出した。
 孤立 自滅 不遇 不如 トラブル 虚無 虚偽 心弱
 俺は彼女のことを救いたくて必死だった。
 俺が出来るアドバイスはとにかく彼氏から直接別れの言葉を聞いて号泣しろということだった。しかし彼女は学校が遠いからとか携帯の番号を消したからとか言って逃げる。マジで愛憎半ばして血圧が上がった。
 そしてついに告白した。
 「君のことを救いたいと思ってるんだけど」
 「そうですか」
 「言葉だけじゃ限界がある」
 「そうですね」
 「俺が会いたいと言ったら会える?」
 「無理です」
 「だね」
 「はい」
 「君もきちんとフラれたほうがいい。本当に欲しいものが手に入らなくても生きていけるとわかるから。これが俺から君への最後の言葉です。」
 俺が彼女からの返事をブロックする前に、彼女のほうが先に俺をブロックしていた。

 以上だ。


散文(批評随筆小説等) 或る愛の話 Copyright 済谷川蛍 2012-08-22 02:46:03
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