永い冬眠
HAL

あなたのいないこの部屋は
あなたを失ったことをまだ知らない

昨日までは
笑い合ったふたりの会話の声も
時には怒鳴り合った喧嘩の声も
聞こえないのに

この部屋はそれすら気づかず
あたしの泣き声に怪訝さも覺えない
どう言えば分かるのかしら
この部屋からあなたが先に消え
あたしももうすぐ出ていくことを

それでも平気だと
この部屋はいつものように
朝を迎え昼を遣り過ごし夜に眠るのかしら

この部屋でのふたりの睦み合う喘ぎは失われ
あたしの小さな熱い叫びももう聞けないのに

その代わりに冷たい無機質な空気に覆われることを
時計はスローモーションのように動きが遅くなり
ソファも家具もごみ箱さえも凍っていこうとしてるのに
この部屋はその冷たさにまだ気づかない

やがてこの部屋の温度が絶対零度になったとき
もうこの部屋の扉は硬く凍てつき
もう誰も迎えられなくなることを知らないままに
死後硬直に襲われることをこの部屋は受け入れるのかしら

だけどスピーカーから流れるベルリオーズの
幻想交響曲だけが永遠に流れつづけ止むことはないことを

そしてそれは決してこの部屋の鎮魂歌でないことを
いつか必ず訪れる春を迎える賛歌であることを

この部屋は分かりながら果てしない冬眠に入るのかしら


自由詩 永い冬眠 Copyright HAL 2012-08-17 23:01:57
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