背の虫
nonya


熱を帯びたむず痒さが
背中の真ん中あたりから
尾骨に向かって這い降りていく

机の上の観葉植物の彼方に
白い砂浜が見えたことにして
遠い目をしてやり過ごす

生まれた時から猫背の内側に
背の虫を一匹飼っている
衝動を餌にしているところを見ると
どうやら腹の虫の亜種らしいが
そいつはやたらと背骨に噛みついて
僕にのっぴきならない旅をさせようとする

5歳の夏
溶けかけたアイスクリーム
故郷に帰る祖母について行くと泣いた
背の虫はとても臆病な僕を
発車間際の急行列車に飛び乗らせた

11歳の冬
骨の曲がったこうもり傘
吹雪の朝たったひとりで駅へ急いだ
背の虫はとても無口な僕に
東京行きの片道切符を買わせた

17歳の夏
立ち止まったスニーカー
中間試験当日の張り詰めた糸が切れた
背の虫はとても意気地がない僕を
ささやかなレジスタンスに駆り立てた

20歳の秋
青いまま落ちた毬栗
白い錠剤を数も数えず飲み込んだ
背の虫はとても卑怯な僕を
一番遠い所へ旅立たせようとした

今でも時々背の虫は
僕の猫背の内側で
ザワザワと鳴いてみせるけれど

いろいろなものを掴みすぎて
すっかり浮力をなくしてしまった僕は
なかなか旅立てないでいる

おそらくまだまだ途中の途中
ちょっと長くなってしまった小休止
背の虫が生き続ける限り
僕の旅は終わらない

終わらせてくれそうもない





自由詩 背の虫 Copyright nonya 2012-08-12 12:54:00
notebook Home 戻る